海の底にある夢【完】
「ディールが髪を切るように言ったんだろう?」
「しかし実際に行動したのは彼女の意志だ。なんだ、気に食わないっていう顔だな?」
「ああ、気に食わない。おまえはいつもそうだ。自分がいつも正しいと思っている」
「悪いか? いずれは王になるんだ。己を信じられないやつが他人に自分を信じろと言えるわけがないだろうが」
口喧嘩がついに始まってしまい、自分がいる意味はない、とエアが感じ始めたとき。
腕を掴んでいるディレストの手が僅かに震えていることに気が付いた。
感情が昂っているからではない。
彼は冷静だ。
むしろ感情的になっているのはキリアスの方。
ではなぜ震えているのだろう、と思ったが。
もしかしたら彼は緊張しているのではないだろうか。
そう考えたら逃げる気にはなれず、突っ立ったままでいた方が良さそうだ、と悟った。
少しでもいい。
彼の力になれれば、と思う。
「ディール。俺は不安なんだ。おまえはずっと王でいられるのか? 飽きる可能性を考えないのか」
「はあ? んだよ、それ。誰が何を飽きるって?」
「おまえが王であり続けることに飽きるんじゃないかと俺は考えている、と言ったんだ」
「バカかよ。おまえそんなこと考えていたのか?」
「ああ。考えていたとも。俺はブレスト派だからな」
それは初耳だったのか、エアの腕を掴む手が僅かに強張った。
それと同時に震えも消えていた。
「……それを早く言えよな」
「ブレスト様は以前こう仰られたんだ。『僕は守られる王になるだろうけど、兄上は守る王になるだろうね。』と。その意味がわかるか?」
「…俺が我儘だって言いたいのか」
「違う。ディールは人をダメにしてしまうんだ。人々はおまえに依存してしまう。現に俺だってそうだ。なんだかんだとおまえの我儘に付き合ってしまっている…そんなおまえがいなくなったとき、俺たちはどうなる?」
「あー、クソ。そんなのわかんねえよ…」
力なく吐き捨てたその言葉は諦めのように思われた。
しかし、ディレストは顔を上げた。
キリアスを睨みつける。
「じゃあ、俺の我儘に付き合えよキリアス。最後のな」
「最後の、だと?」
「ああ。俺に依存するという人々が俺の不在によってどう変わるのか知りたい。だから半年間城を空けることにした。それで何も変わらなければ俺がいなくても別に痛くも痒くもないということになる。それならブレストに継承権を譲る。だが、何か不具合が生じたのならその話は無しにする」
「何を勝手なことをペラペラと…」
「すでにブレストには話を通してある。それと悪いな、キリアス。エアの事情は全てブレストから聞いた。それと、おまえが考えていることも」
「なっ…!」
(あの男…!)
やりやがったな、とキリアスは珍しく唇を噛んだ。