海の底にある夢【完】


「兄上」

「なんだ」

「ご自身の仕事を持ち込まないでください。質問があれば僕が伺いますから」

「時間の無駄だ」

「……はあ」

ディレストは宣言通りブレストに公務の処理の仕方を教えている。
しかしブレストも一部を請け負っていたため、教えることはほとんどなかった。

それでもディレストなりのやり方があり、それをお兄ちゃん面をして教えようとしてくるため弟は内心クスクスと笑っていた。

飽きっぽいとよく言われる兄の処世術。
その一つに長ったらしい文書をかいつまんで読み解くコツというものがあった。

「数字、地名、人名は見逃すな。最初は挨拶だから飛ばせ。二段落目と最後の段落は注意して読め。それ以外は軽くでいい」

「きちんと読まないのですか?」

「これが何百枚とある。そうだな、二百件あるとしよう。一件に一分使っただけで三時間はかかる。しかも時間が経てば経つほど集中力が弱まり効率が悪くなる」

「兄上は短距離走型なのですね」

「おまえに合わないんだったら別の効率的なやり方を考えればいい。ただし、三か月以内にな。季節によって量は変動するが、件数が増えるのは雨期と冬だ。雨と雪の被害が多い」

「では今は少ない方、ということですね」

「ただ収穫時期でもある。不作の報告は絶対に見逃すなよ」

「わかりました」

業務連絡だ、とブレストの部屋の脇に控えているエアは二人の話を聞きながら思った。

国によって行政の在り方は様々で、地区毎にまとめて国に報告することが現在は主流だ。
しかしオルガノ王国ではそれをせず、地区よりも細かい自治体毎にまとめて報告が来る。
以前はその主流の行政を採用していたそうだが、漏れと隠蔽が多いことに気が付いたディレストがそのようなやり方にするよう改変した。

おかげで国の仕事は増えたが彼が全ての責任を負った。
国全体のことを細かく把握することができ、気になったところがあれば時間を見つけて確認をしに行く、という流れが彼の中に自然と出来上がり視察の回数も増えた。

前回彼が漁に同行したのは長引く不漁を危惧してのことだった。
エビ漁の場合、今までは代々受け継いできた獲れるエリアで疑いもなく底引き網漁をしていた。
しかしエビも生き物で、海も生き物だ。
地形や潮の流れが変わればエサの微生物が少なくなりエビも一緒に移動してしまう。

そのため、ディレストは文書の返信に決行の前日にあらかじめエサをばら撒くよう伝えておいた。
もし潮の流れが変わったのであればエサさえあればまた住処に戻ってくるだろう、と考えたのだ。
さらには地形が変わってしまった場合は網が引っかかり漁にならないだろう、と予想し予行するよう告げると、案の定網は無傷だった。

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