海の底にある夢【完】
この時計塔にはステンドグラスも埋め込まれており、階段を上る毎に物語が進むようになっていた。
「普段はここは鍵が閉められていますが、たまに公開しています。風を通さなければなりませんから」
「なるほど。では窓が開いていればそれが合図ということか」
「そうです。今日は閉まっていますがね」
(今の言葉でそこまでわかるんだ…)
ブレストは二人の後ろを歩きながら感心したように頷いた。
風を通すためとはいえ、定期的に開けるわけではない。
そのため、窓が開いていれば鍵が開いていることになり見学できる日だとわかる、という仕組みらしい。
(あ…違うかもしれない)
そんなことは事前に調べればわかることだ。
視察先の事情を調査し頭に入れておくことも大事だ、と教えてくれているのかもしれない。
知っていても聞いたり言ったりすれば話のネタになる。
ふむふむ、とブレストはまた深く頷いた。
「次はステンドグラスの物語を聞かせてくれないか? 先ほど一つ通りこしてしまったが、海の絵、だったよな」
「その通りでございます。海にまつわる物語となっております」
海の女神、ラティスを題材とした物語だが作り話だと管理人は前置きをした。
その話を聞きながらちらりと弟は兄の顔を見たが、今までとは違い笑みを消し真剣に聞き入っている。
(エアと関係があるかもしれない、と思って…まさかここへ?)
いやいやそれは深読みし過ぎだ、とブレストは手を振ったが、あの表情が気になって仕方がなかった。
もしかしたら事前にあえて調べずに管理人から直接説明を受けたかったのかもしれない、とも考えたが、それにしてもあんなに真剣な表情は滅多に見たことがない。
しかし自分は勉強をしに来ているのだ、という目的を思い出してブレストは邪念を振り払い管理人の話に集中した。
「皆さん…お早いですね」
「焦らなくていい。おまえのペースに俺が合わせてやるから」
「随分と上から目線ですね」
「事実だろう」
一方、後方を歩く二人はエアのペースに合わせて階段を上っていた。
ただついてきただけの二人だからこのような扱いになってしまっても仕方がないのだが、キリアスにとっては好都合だった。
(なかなか悪くない)
自分は執事で男の主だが、女の主を持っていたらこのような独占的な優越感を得ることができたかもしれない、と今は本気で感じていた。
ここでキスの一つでも落としたらどうなってしまうのだろうか。
(そんなこと間違ってもしないけどな)
セクハラで訴えられて終わるだけだろう。
と思ったところで、彼はかつて同じように悶々としていた父親に同情した。