海の底にある夢【完】
「素敵なお話ですね」
「ええ。作り話ではありますが、心に響くものがあります」
思わずブレストが声を上げると管理人も眼鏡の奥にある目元を緩めて微笑んだ。
その様子をディレストはどこか遠くを見つめるような目つきで眺めていた。
(子供がいるのか…)
考えていたのはエアの寿命を奪った存在のことだった。
救ってくれたのも事実だが、なぜ一年間だけ残したのか理解できない。
まだ若いエアを哀れに思ったのか、何か掟があり全てを奪うことが禁じられていたのか。
何にせよ、何か手掛かりになることはないだろうか、と頭を巡らせた。
「他にも海の神を称える施設はあるのか?」
「ええ、ございますとも。私共は海の神に集う会という団体を立ち上げておりまして、時々情報交換をしております」
「その団体、面白そうだな。俺も興味がある」
「さようでございますか! では後日紹介状を送らさせていただきますので、時間があるときで構いません、まずは本部にお越しください」
「わかった。ちなみにこのステンドグラスは改修の間どうするんだ?」
「その本部に預けることになっております」
「そうか。日取りはまだ決まっていないよな」
「ええ」
「運送の手配は俺が請け負ってやる。ついでに顔を出すことにするから遠慮はいらない」
「それはもう願ったり叶ったりでございます! どうぞよろしくお願いいたします」
「こちらこそ」
と、螺旋階段の頂上にある踊り場でがっちりと握手を交わす二人。
魂胆が見え見えだ、と思いながらそのスムーズなやり取りと様子をブレストが眺めていると遅れていた二人がやっと追いついた。
「遅かった、ね……?」
(え?)
振り向いた先にはキリアスとエアがいたのだが、エアの様子が違った。
なぜかぼろぼろと目から大粒の涙を流していたのだ。
それに驚きブレストは絶句した。
「エア? どうした?」
それにいち早く気が付いたディレストは管理人との握手をやめると彼女に駆け寄り、帽子の下にあるその顔を覗き込む。
そしてキリアスを鋭く睨みつけた。
「おまえ、エアに何をした?」
「いや…何も。ラティスの物語を聞かせたら急に泣き出したんだ。しかも話しかけても反応がない」
「エア?…悲しいのか?」
優しく語りかけるも、ただ透明な涙を流すだけで心ここにあらずの状態だった。
その様子を見ていた管理人はハッとする。
(白い髪と青い瞳…)
まるでラティスの生き写しのようなその容姿に彼は驚いた。
「違う…」
「違う?」
ぽつりとエアが急に呟いた言葉をディレストが復唱した。
「オケアテス、あなたは罪人よ…!」
その声はエアの声とは思えないほど暗く、酷く悲しみに満ちた声だった。
エアはその言葉を最後に意識を失ったのか、ちょうど前にいたディレストの胸に倒れ込みぐったりとして動かなくなった。