海の底にある夢【完】
「エア?…エア!」
揺さぶっても頬を叩いても応答がないエアに焦っていると、キリアスがそんな彼の肩を力強く掴んだ。
「落ち着け! 気を失っただけだ。死んでない」
「……そう、だな」
死んでない、という言葉でディレストは我に返り腕の中で苦悶の表情をしたまま目を瞑る彼女を見下ろした。
一方、ブレストは床に落ちた帽子を拾い上げ、キリアスが脱がしたヒールも預かった。
「彼女については詮索いたしませんが、先ほどの言葉で一つ、心当たりがございます」
管理人は緊張感のある三人に近づくと、ディレストがその腕に抱えるエアの顔を、彼と同じように膝立ちになり覗き込んだ。
「オケアテスが罪人だという話ですが、私も聞いたことがございます」
「罪人?」
この中でも一番冷静だと思われるブレストが聞き返した。
その言葉に管理人は頷く。
「はい、罪人です。ホワイトマザーが人間に襲われるところまでは同じなのですが、怒ったオケアテスが人間を次々と殺してしまうのです。しかし、神が人間を殺すことは許されておらず、力を奪われ岩の下敷きにされ苦行を強いられました。その状態だった彼を救ったのがラティスであり、しばらくは二人で平和に暮らし子供もできましたが神々はそれを許さず、ラティスは海底神殿に閉じ込められ、オケアテスは泡となり、子供たちはただの魚にされ何も知らなかったホワイトマザーに食べられてしまいました」
(…だいぶ話が違うなあ)
そんな話がステンドグラスになっていたら全然楽しくないし素敵な話でもない、とブレストは思った。
「それで、騙されたラティスは今も海底神殿の中でオケアテスを恨みながら平和な生活に戻れる日を待ち望んでいるそうです」
「ハープは没収されたの?」
「そこまでははっきりとしていませんが…」
「とりあえず城に戻ろう。時間をだいぶ過ぎている」
「ああ、そうだな。ディール、エアを落とすなよ」
「落とすかよ…ステンドグラスの件については任せておけ」
「はい。よろしくお願いいたします」
「本日はお世話になりました」
「いえいえ、こちらこそ」
と、四人が階段を下りて行く様子を管理人は険しい表情をして見送った。
(閉じ込められたラティスは、子供たちに昔よく聞かせた演奏をハープで奏で続け、転生した子供たちが自分の元に帰って来るのを今か今かと待っているという…)
「……まさか、ではありますが」
時間が過ぎた、という言葉で遮られてしまったが、もしこれを伝えたらあの場はどうなっていただろうか、とつい考えてしまった。
…あくまでも作り話。
真に受けてはいけない。