海の底にある夢【完】
ついに旅行の出発日になった。
先頭を走る馬車にはディレストとエアが乗り、その後ろの荷馬車にはステンドグラスが積まれている。
目指しているのは首都から三日離れたポルスという街だ。
そこに海の神に集う会の本部があり、そこにこのステンドグラスを届けることになっている。
「気分はどうだ?」
「大丈夫です。ポルスの次の次の街で馬車から馬に切り替えるんですよね」
「ああ。四つ先の街までは細い道が多くなる」
「頑張ります、そのために練習しましたし」
「あんまり無茶はしてほしくないけどな」
「筋が良いって乗馬の先生に言われたので大丈夫ですよ」
ディレストは無邪気にはしゃぐエアを微笑ましく眺めた。
時計塔で気を失ったエアはその日の深夜に目を覚ました。
ちょうどディレストが様子を見に行ったときで、まだ意識は朦朧としていたものの言葉もしっかりしていて一安心した。
しかし本人は物語について覚えていないようで、最初のステンドグラスを見てからのことをすっかり忘れてしまっていたようだった。
また教えることに抵抗を覚えたが、しばらく日数が経ってから再び同じ物語を教えると今度は何ともなく、感動的だ、と感想も述べていた。
何が引き金となりおかしくなってしまったのかこれでわからなくなってしまったが、やはり海の神について情報を集める必要があると思った彼は、神話に関わるものがある街を回ることにした。
意外にも海の神を祀っている施設がオルガノ王国には多くなり、半年あっても全てを回りきることは不可能だとわかった。
そのため、ディレストは事前に本部に事情を説明し文通を行い、訪れるべき街や場所を選抜してもらった。
計十か所を回る旅となったが、それだけあれば何か有力な情報を手に入れられるだろう、と彼は期待していた。
そしてしばらく馬車を走らせていると、やがて最初の宿にたどり着いた。
ゴランド、という街だ。
温泉が有名な観光名所となっている。
「温泉、ですか」
「初めてか?」
「はい」
「効能のある熱湯が地下から湧くところに風呂を作ったものだ。疲労回復、美白、関節痛…体にいい影響を与えてくれるが、おまえに美白効果は必要ないか」
「でもこれでも日焼けをしました」
「どこを?」
「首です。乗馬の練習をしていてなりました」
「へえ」
以前よりもよく喋るようになったエア。
表情も豊かになり、とても数奇な能力を持っているとは考えにくい。