海の底にある夢【完】
そうっと腕を伸ばし、そして気づけば無意識に服を掴んでしまっていた。
違和感に気づいた彼が振り返ると、顔や首筋を紅潮させたエアが所在なさげに立ち止まっていた。
「…今何かしたか?」
「え、あ、いえ…その…」
絶対に怪しまれている、と彼女は思った。
挙動不審になっていることは自分が一番よくわかっていた。
「なんか危なっかしいな、今日のおまえは。手でも繋ぐか」
「はいっ!…あ…」
「ははっ。素直でよろしい」
元気よく返事したエアを声を出して笑った彼は、その白い手を握ると歩き始めた。
思いのほか大声を出してしまってエアは恥ずかしかったが、笑われただけですんなりと手を握ってくれた彼に温かい感情を抱いた。
(…本当は)
その背中に無性に抱き着きたくなっていた。
しかし、そんなことをすれば驚かせてしまうし大胆な行動をするのは恥ずかしかったため、掴んだ後、手が宙を泳いでしまった。
(なんだろう…)
もどかしさ、歯がゆさ、物足りなさ。
今はそんな感覚に襲われまた心臓のあたりが苦しくなった。
でも先ほどとは違い、ドクドクとした音ではなく、トクトクと柔らかな音が響いてくる。
どうしたんだろう、と慣れない鼓動に彼女は戸惑っていた。