海の底にある夢【完】
海洋考古学者とは、海の歴史を探求する者であり、古代の海洋生物の骨を発掘することもあれば地質調査をすることもあり、ときには漁に同行して生物の分布や水質汚染の調査をすることもあるという。
レイダスの主な研究対象はそのような実態的なものではなく、海の成り立ちについてだった。
その中にはもちろん、海の神についても含まれている。
「最初は趣味で神様について調べていたのですが、思いの外のめりこんでしまいまして。会まで立ち上げてしまいました」
「では専門的に研究調査をしているのはあなた一人だということか」
「そうなりますかね。オカルトチックだと馬鹿にされることもありましたが、殿下のお役に立てるかもしれないと思うとやってきてよかった、と心底思います」
「大袈裟だろ」
「いえいえ! では早速、情報交換を致しましょう」
と、レイダスはそれまでの柔和な顔から真面目な顔に戻ると、一度退室しすぐに戻ってきた。
何やら大量の資料を抱えている。
それをドサッとテーブルに置くと、重なっていたクッキーが一枚、コトンとお皿の上で音を立てた。
見ると、クジラのクッキーだった。
「まず、エアさんの住民票の住所からして、暮らしていた地域はこの辺りになりますね。現在は海に沈んでいますが」
「……え、沈んだんですか?」
「ええ、はい…って、あれ。もしかしてお聞きになっていらっしゃらないのですか?」
「あー、俺から話すからレイダスは言わなくていい」
「わかりました」
「エア、よく聞いてくれ」
全く予期していなかった話に困惑していると、いきなり両肩をディレストに掴まれて真っ直ぐに見つめられた。
それがなぜか不安を煽り、そわそわとしてしまう。
「おまえの住民票によると、産まれたのは今から約三十年前ということになっている。つまり、エア・スミスという女性は本来であれば現在は五十近くになっているということだ」
「でも私、まだ十七歳のはず…ですが…」
「そうだな。しかし、彼によれば神には時空が関係ないらしい。だから、神と接触したことによって時間を飛ばされた可能性がある」
「じゃあ……お母さんのことをよく思い出せないのは……」
「その影響があるかもしれない。以前との繋がりが薄れ、記憶も薄れた可能性がある」
「ですから…えっと、あなたが薄情になったとか感情が乏しくなったとかではなく、純粋に忘れていただけなんです。最近ではよく表情が変わるようになったと感じたことはありませんでしたか?」
「自分では…なんとも…」
「俺は感じているから安心しろ。俺以外も感じていると思うぞ。たまに笑うしな」
と、それを思い出しているのか彼ははにかみながら彼女の頬に優しく触れた。
たださらっと撫でられただけなのだが、くすぐったさと恥ずかしさを感じ赤面する。
そして、その顔の熱さにハッとした。