海の底にある夢【完】
しかしその変化にレイダスは気づいていないのか次々と言葉を続けた。
「寿命は恐らくラティスが神殿から出ようとするときに力として必要なのではないかと考えています。罰として閉じ込められていますが、神は大概大雑把ですので彼女の存在が忘れ去られている可能性であります。期限を過ぎても出してもらえないラティスが自力で出ようとしているのかと。そして不死身の件ですが、あなたかあなたの身内がラティスの子供の生まれ変わりなのではないかと私は予想しています」
「では私か私の身内、どちらが生まれ変わりだとお考えですか?」
何かを確かめたいのか、エアはレイダスの頭の中にある考えを具体的に絞り込もうとしているようだった。
「身内でしょうね。あなたご本人であれば逃がすわけがありません。あるいはあなた自身だったとして、やはり神殿の中に閉じ込められているわけですから会えないわけです。そのため、会える状態になってから改めて迎えに来ようとしているのかもしれません」
「……そうですか」
「エア、おまえ何を焦っているんだ?」
「あ、いえ…その。私にも考えができたので他の意見を聞いてみようと思いました」
「おまえの考え?」
「はい。聞いてくださいますか?」
「ああ、もちろん。聞かせてくれ」
エアの意見が気になったディレストは乗り気で返事をした。
レイダスはそこで話し疲れたのか、お茶を飲んでクッキーを何枚も口に頬張りボリボリと咀嚼している。
そんな食べ方では形が関係ないな、とエアはその様子を横目に思った。
そして彼女は以前住んでいたと思われる地図上の地域と、未だにそこにいるクジラのクッキーをぼんやりと見つめながら話し始めた。
「母は川の濁流に流されるという不慮の事故で亡くなりました。その後を追って私は海に飛び込んだのですが、そのときに女性の声を聞き、私の母の想いに応じ私を生かすことにした、と言われました。一年のみの寿命と死なない体を手に入れましたが、それは当時の私の望みではありませんでした。私は死を望んでいたのです」
そこでエアは言葉を切ると、僅かに声を震わせた。
「私の考えは、私の母がラティスの子供の生まれ変わりであり、私の体を不死身にすることで母の魂の依代となるようにし、寿命を残したのは母の気持ちをただ尊重しただけだということです。寿命を取られたことについてはレイダスさんと同意見です。あと、本調子ではない当時のラティスでは母の魂を私に取り込ませることが困難で、私を三十年後に飛ばし、さらには健康体を維持させるため一年間の猶予を作ったのだと考えました」
(それは…あまりにも…)
レイダスはエアの考えを聞くといったんそれまでの咀嚼をやめ、思わず手に持っていたカップをテーブルに置いてしまった。
(その仮説はあまりにも、悲しい意見です)
エアの意見は自分自身の存在を全否定する内容であり、聞いていて耳も心も痛い話だった。