海の底にある夢【完】


「では、責任を持ってステンドグラスはお預かりいたします」

「ああ。よろしくな」

一泊し、本部でレイダスと別れた二人は再び馬車に乗り込みポルスを発った。

ディレストは時計塔の改修が終わるまでの期間、ステンドグラスの保管の他に一応修復も依頼した。
ところどころ傷つき、ガラスも劣化しているためもしかしたら作り直すことになるかもしれない、と言われたからだ。
今後、突然修復を依頼されても自分は旅に出ているため、この時点で許可を出しておけば間違いない、と思ったのだ。

ガタゴトと馬車に揺られながらディレストは頬杖をついて車窓を眺める。
ここから先のルートは大きな山を迂回し、最後に海に行き城に戻るというルートだ。
十の街や施設を巡ることになっている。

しかし、レイダスと意見を交換し大方の情報は手に入ったため、この先、真新しい情報を得られるかどうかは微妙な雰囲気だ。

「ディール様…あの…」

「ん?」

ぼーっと流れる景色を眺めていたとき、ふいに向かいに座るエアから声をかけられた。
視線を向ければ、膝の上で両手を固く握り少し俯いている。
そのいつもと違う様子にディレストは不安を覚えた。

「どうした?」

その先を優しい声色で促すと、気まずそうに彼女の顔が向けられた。
眉をひそめ口を引き結んでいる表情から緊張していることが窺えた。

そして固く閉ざされた口が開こうとした直前、先にこぼれたのは涙だった。
透明な雫がポタポタと落ち、彼女のワンピースに濃いしみを作る。
そうしてはらはらと涙を流す彼女は、ハッと目を丸くさせたディレストが腰を浮かす前に震える声で心中を吐露し始めた。

「私…私、怖いんです。死ぬことを望んでいたはずなのに、今は死にたくないと思っているんです。お母さんの魂を入れる器になるために活かされた、と私は考えました。でも、じゃあ、私の魂はどこに行くのでしょうか…? 人の肉体が滅んでからようやく魂は浄化されると言われています。滅ぶことのない体を持ってしまった私はどこに行くのでしょうか…?」

エアは仕事以外の空いている時間、城にある書物庫から本を拝借して読み漁っていた。
主に宗教や神話、人間とは何か、生命とは何か、といった世界の理についての資料である。
そのときは海の神についてはあまり触れておらず、もう少しそのあたりの資料も読めばよかったな、と彼女は後悔していた。

「天国、地獄、極楽、煉獄、常世…死後の世界とされるところはたくさんあります。もしどこにも行けないのだとしたら、私の魂はさ迷うのでしょうか、消えてしまうのでしょうか…孤独は、独りぼっちは、嫌なんです…」

「エア……」

顔を手で覆い震える彼女にディレストは腕を伸ばすと、隣に座り熱く抱きすくめた。
エアの腰を引き寄せ頭を自身の胸に押し付けると、その震えを抑え込もうとぎゅっと腕に力を込める。

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