海の底にある夢【完】
早朝、漁船が一艘、底引き網漁をしている。
狙いはエビ。
焼いても蒸しても美味しいエビは人気が高く値段も申し分ない。
しかも今日は失敗が許されないのだ、と船長は身震いした。
「エビの他に何が釣れるんだ?」
「タコやイカ、たまにサメもいます」
「サメは食えるのか?」
「いえ。臭いがきついので食べませんが、骨や歯は削ると装飾品になります」
「なるほど」
なんとこの国の王子が視察で同乗しているのだ。
軽装の騎士が何人も乗ってきたため最初は沈まないか冷や冷やとしたが、強い風もあり思いのほかスムーズに事が進んでいる。
しかし、船長しかその事実を知らない。
他の従業員は学者とその弟子が乗っていると思っている。
しかも王子は弟子。
学者は王子の側近だ。
ちなみに今日はかなりしけっていて、側近と王子、元々の船員以外は船酔いでダウンしている。
「えーと、なんとお呼びすれば?」
周囲を気にしながら船長がコソコソと耳打ちした。
王子の名前はディレスト・オルガノ。
今は髪を黒に染めているが、元は金髪で瞳は緑色。
ここ、オルガノ王国の第一王子だがまだ二十歳にしてその働きっぷりは目に余る。
そう。
城にじっとしていられないのだ。
毎日刺激を求め、今日も視察という名の勉強のような、遊びのような。
普通、こんな朝三時に港を出発する船に乗るだろうか。
「ディールでいい。親しい者は皆そう呼ぶ」
「わかりました」
船の上では船長が一番偉いのだから堂々としてくれ、とあの眼鏡をかけた側近に言われたものの、恐縮した。
一漁師が王子をそんなあだ名で呼ぶなんて常識的には考えられない。
今も背中に突き刺さる側近の赤い眼光が見なくても痛いのだ。
「船長、そろそろポイントに着きますぜー!」
船の前方に乗る船員の一人の声が聞こえ、船長もそちらに行き目を凝らした。
見えづらいが、遠くに赤い浮きが見える。
エサをばらまいておいたポイントだ。
「よし。網の準備しろ!」
「網の準備だー!」
わらわらと忙しくなる船上。
王子と側近はその様子を邪魔にならないよう遠巻きに眺めた。
「よくこんな暗い中で動けるもんだな」
「彼らはプロですから。慣れているのでしょう」
「かというおまえも慣れているようだが」
「私は暗闇に慣れる訓練を重ねましたし、誰かさんのおかげでメンタルも強くなりました」
「最後何か言ったか」
「いえ、何も」
ふん、とディレストは鼻を鳴らした。
生意気な側近は彼よりも二個年上だ。
兄のような存在ではあるが、時々保護者面をするのが気に食わない。
今回では、船長にのみ身分を明かした、と言われた。
彼はそれが不本意だった。
彼は特別待遇を嫌う。
だから見るからにインテリの眼鏡をかけた側近、キリアスを学者にし自身はその弟子として参加した。