海の底にある夢【完】


…エアリウルは血を流して海底に沈んでいた。
体から力が抜け、瞼をゆっくりと閉じる。

(死ぬんだ…)

エアリウルとその兄妹は来るべき日を決め、再び集結することを約束していた。
ラティスの子供だという理由だけで蔑まれた彼らは屈辱を味わい、その怒りの矛先をオケアテスに向けた。
泡となってしまったラティスはもう存在しているとは言えず、神の力を剥奪されたため魂を見つけ出すことも不可能に近かった。

当時のオケアテスは逞しい体つきをしており、きっと左胸を突いたところで簡単には殺せないだろう、という予想の元、気が遠くなるほどの時間を経てから八つ裂きにして殺そう、ということになった。

そのため兄妹の三人は刑が長引くよう細工したが、エアリウルだけがあまり乗り気ではなく、ホワイトマザーと共に遊泳の旅に出かけていた。

しかしその細工が太陽神に見抜かれ、四人は魚の姿にされ思考も奪われてしまった。
ただの魚となり果てたとき、たまたま通りかかったホワイトマザーによって食べられてしまい、それぞれの魂は散り散りになった。
エアリウルが最後に転生したのは、数奇な経験を持つ哀れな少女だった。

そうして来るべき日となったとき、約束の効果が発動し四人はオケアテスの元に集結したのである。

(ごめんなさい…!)

エアリウルは海底に落ちて行く最中、悔やみ続けた。

実の両親を憎んだこと。
罪のないサメたちを囮に利用してしまったこと。
何も言わず、ディールの元を去ってしまったこと。

その後悔は数知れず、他にも何か選べる道があったはずだ、と唇を噛み締めた。

『エアリウル』

遠くなる意識の中、ふいにかつて聞いたことのある女性の声が突然、語り掛けてきた。

『エアリウル。おまえには話すべきことがある』

と、その言葉と同時に左胸の傷が塞がった。
傷が治ったわけではない。
姿がだんだんと遡っていっているのだ。

エアリウルの体は魚となり、蛙となり、トカゲとなり、鳥となり、クジラとなった。
その次には人間となり、エア・スミスの姿に戻った。

エア・スミスの姿に戻るころには、どこか黄金色の草原が広がる世界の果てだった。

「ここは…」

きょろきょろと歩きながら見回すも、どこもかしこも同じ光景で方向感覚が狂ってしまいそうだった。
見上げた青い空には白い雲が延々と流れている。

その流れを眺めていると、後ろから草を踏む音がして振り返った。

「お、母さん…?」

するとそこには、エア・スミスの母親が立っていた。
忘れたはずの彼女を思い出し、エアは思わず駆け寄り抱き着いた。

「お母さん!」

「…我はおまえの母親ではない。おまえの頭の中にある姿を映しただけだ」

「え…?」

涙目できょとんとしながらエアはその体から離れると、足先から頭の先にかけて眺め、首をかしげた。

「お母さんじゃないの…?」

「まさか思考も幼くなるとは思っていなかったが、まあよい。そのうち戻るだろう」

はあ、と母親の姿をした誰かはため息をつくと、再び視線を彼女に戻した。

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