海の底にある夢【完】
「我はおまえたちが太陽神と呼ぶ存在…実体を持たない概念だ」
「がいねん?」
「めんどくさい…頼むから、理解しろ」
エアは初めて知らない言葉を親から聞いた子供のように聞き返した。
その様子に、子供は苦手なのだ、と太陽神は綺麗な顔をしかめる。
「おまえを三十年後に飛ばし寿命を奪ったのが我だと言えば少しはマシになるのか?」
「………え、あの、今何かおっしゃいましたか?」
「現金なやつだな」
「その前の言葉です。どうして私の寿命を取ったのですか?」
「……」
太陽神はエアの反応に一瞬遠い目をすると、何かを諦めたかのように肩の力を抜き、ゆっくりと再び彼女に視線を戻した。
「まあ、正確には奪ってはいない。寿命を身体の保存…不死身となるよう変換しただけだ。老けずにいられてよかったと思え」
太陽神は嫌味を言ったつもりだったのだが、エアはその言葉を聞き顔のあちらこちらを触りしきりに頷いた。
その表情はキラキラとして見え、よくわからん娘だ、とまた彼女は顔をしかめた。
「でも、なぜですか? こんな一人の人間に対して気にかけ過ぎでは…」
「おまえたち家族が面倒事を次々と発生させるからだろうが。その後始末をつけるのはもう御免被りたいと思っていた。それだけだ」
「おっしゃられていることがよくわかりません…」
(複雑な事を起こしてばかり…いっそ全員泡にしてやろうかと思ったぐらいだ)
ずっとイライラが募っていた太陽神。
しかし無暗に罰を与えることができなかったため、既成事実を作るよう仕向け、子供たちを魚にしたところまでは良かった。
これでやっと終わると思ったにも関わらず変な約束を交わしていたことを後で知り、時効だということで太陽神の力の及ばぬ事態となってしまった。
永遠に舌打ちをしたい気分だったが、太陽神はホワイトマザーが人間に転生することを知り、職権を乱用してついに探し出すことに成功した。
その人間はディレスト・オルガノといい、見た目がオケアテスと瓜二つになる男だった。
しかし、当時のエア・スミスとは年齢が離れすぎていた。
(恋仲になるよう仕向ければ、約束の際にどうにかしてくれるのでは)
そう思い付いた太陽神はふっふっふっと不敵な笑みを思わずこぼすと、エア・スミスの運命を操作しついに邂逅を果たすことができた。
太陽神が束ねる神界の面々もラティス親子の件には飽き飽きしており、エアの母親の死は偶然の範囲内とされ、それについては不問とされた。
そしてその魂は死後、永久の安寧を約束された。
今頃、白猫になってどこかでぬくぬくと寝ていることだろう。
「おまえ、あの男の元に戻りたいか?」
「ディール様のことですか?」
「…やめろ気色悪い。我の前で我以外を様呼ばわりするな」
太陽神は思いっきり顔をしかめた。
「えっと…じゃあ、ディール」
「ああ、そいつのことだ。おまえには此度の件で褒美をやろうと思っている。光栄に思うのだな」
「は、はあ…ありがとうございます…?」
このとき、二人の会話は全く噛み合っていなかった。
なぜなら、彼女はエア・スミスになった時点でエアリウルだったころの記憶を全て忘れてしまっていたからだ。
ただ、逆らってはいけないという本能がエアをイエスマンにしてしまっていた。