海の底にある夢【完】
「結局はおまえの性根にある優しさが最大の要因だろう。賭けではあったが、やはり我の見る目は優れていたのだ」
太陽神は顔を手で覆うとクックックッとほくそ笑んだ。
(大丈夫かなこの人…)
正直、母親の姿でそんな笑い方をしてほしくない、とエアは内心むすっとしていた。
何を言っているのかさっぱりだし、ここがどこなのかもわからないし、自意識過剰な人が目の前で引くぐらい笑っているし。
「あ、あの!」
いろいろと耐えきれなくなり、エアは思い切って声をかけた。
「うん? なんだ?」
「私をディールの元に帰していただけるというのは本当ですか」
(帰りたい)
彼女はそんな言葉を自然に使っていることに気が付いてハッと目を丸くさせた。
(会いたい)
早く彼に会いたい。
また触れて欲しい。
そして安心したい。
そんな想いがこみ上げてきて、エアはどうしようもできない感覚を弄んでうずうずとしていた。
「ああ、いいだろう。地位でも能力でもオプションを付けたかったら許可するぞ。今はすこぶる機嫌がいいのだ」
「いえ…大丈夫です」
「そうか? 欲がないやつだな。容姿も気にならないのか?」
そう言われて、確かに、とエアは口をつぐんで黙ってしまった。
白い髪に青い瞳。
元々はこんな色ではなかった。
元は黒い髪に茶色い目をしていた。
彼女は実は今の瞳の色は気に入っているが、髪の色は面倒に感じていた。
黒にしてもらってもいいかもしれない、とも一瞬考えた。
誰かと同じ色で好きだ、と言われたことがあるような気がしてこのままでもいいとも感じていた。
(誰だっけ…)
物凄く大事なことを忘れているような気がしてならない。
だが、一切思い出せない。
その考えが消化不良を起こし胃のあたりがむかむかとするがどうすることもできなかった。
「容姿もこのままでお願いします」
「なんだ、つまらんやつだな。銀にもできるんだが…まあいい。そろそろ別れの時間だ」
エアが継続をお願いすると随分な物言いを返し、太陽神は遠くを見つめると別れを切り出してきた。
その視線の先をつられて見ると、遠くで金髪の男の子が一人うずくまっているのが見えた。
どうやら泣いているらしい。
(ディール…!)
エアはそれが誰なのか瞬時に気が付き心臓が高鳴るのを感じた。
泣いている幼い彼を、今すぐにでもこの腕の中で抱きしめてあげたかった。
「それから、今もおまえの母親はおまえたち子供と夫を気にかけていることを忘れるなよ」
「え…?」
「あの者は泡となったが今も海の中に漂い、おまえたちのことを見ている。言っただろう、我はその意思を汲み取ったまでだ、と」
そう言うと太陽神は呆けているエアの背中を押した。
「行け。おまえはもう自由だ」
背中を押されたエアは頷くと、勢いよく走り出し幼い彼の元へと一直線に向かった。
「ディール!」
最愛なる彼の元へ。