海の底にある夢【完】
にも関わらず、話すのは船長とのみ。
その船長も対応に困っているようだった。
正体が判明していなければ、船酔いもしない好奇心旺盛なただの若い男として親しくできたかもしれないのに。
しかし他の者と話せないのは彼にも原因があった。
他の船員が彼に近づかないのだ。
駄々洩れる王子の風格とでも言うのだろうか。
後光が差しているかのように洗練されたオーラが滲み出ている。
そのせいでお互いに遠巻きに眺めてしまっていた。
「引き上げるぞー!」
その声で気が付けば、すでに網を引き揚げるところまで進んでいた。
ぼーっとしていたら視察の報告書が書けなくなってしまう。
ディレストはキリアスと共にギコギコと音を立てて回るリールの傍に寄った。
「そろそろです」
数分後、近寄ってきた船長がわざわざ言いに来た。
どことなく生き生きとした目をしている。
どうやら大漁らしい。
網を巻き上げるリールの音でわかる、と先ほど言っていた。
さっさとまた位置に着いた船長を尻目に、ディレストは空を見上げた。
そろそろ夜が明ける頃だが、空は雲が覆っており星一つ見えない。
しかし、遠くの空はすでに白んでいた。
「うわ、イカがすげえ」
船員が次々と驚きの声を上げた。
網に絡まっている中にイカがたくさん含まれていたのだ。
だんだんとエビも混じってきたが、イカも多い。
そのどれかが墨を吐いたのか床に黒い水が広がる。
「エビが汚れちまう!」
「さっさと仕分けするぞ」
イカの吸盤、エビの触角、さらには網。
全てが絡まった現場は騒然としていた。
「うわあ!!!」
「なんだこれ!」
網の中を探っていたとき、ふいに現れた大きな物体。
それは紛れもなく、膝を抱えて丸まっている人だった。
「女…?」
イカと同じく白い髪をし、肌も真っ白で着ている濡れた服はボロボロだった。
どういうわけか、人間の女がかかってしまった。
「生きているのか」
恐れおののく周囲をかき分け近づいたディレストはその女の頬に手をあて体温を計り、口元に手をかざし息をしているのか確認した。
「私がやります」
一歩で遅れたキリアスが慌てて代わり、脈などを確認すると弱りきってはいるが生きているということだった。
その最中、指で押し上げた瞼の奥には海のような青い瞳が見えた。
「皆さんは作業を続けてください」
自身が着ていた上着でくるんだ女を抱き上げたキリアスがそう言い放つと、我に返った船員が一斉に動き始めた。
その喧騒から離れ操縦室に行き、そこのソファーに墨で汚れたままの女を下ろすとキリアスは首を傾げた。