対立相手が婚約者。それって何かの冗談ですか?
「はい、どうにか。
聞いてたって、いつから…?」

「着替えを貰ってきたので届けようと探していたら何やら声がして…。壁を殴る少し前から聞いていました。
すぐにでも入ろうと思ったのですが、なんだか盛り上がっていましたので」

盛り上がってるとは聞き捨てならなかったが、もっと引っかかったことがあった。

「ほぼ全部聞いてたんですね…。

あと、壁は殴ってません。叩いただけです」

ホッとしたのもつかの間、大事なことを思い出す。メイクルームに入った時に視界の端で捉えた注意事項に書いてあったこと。

「拡樹さん、ここ、女性専用です」

「あ…」

まずい、という顔をして、つい、という言葉で全てを片付けようとする。

誰もいないうちに急いで出ようとしたが、タイミング悪く外から女性の声が聞こえてきた。その声はだんだんと近づいてきて、扉がゆっくり開かれる。

今拡樹がここにいることを見られると、どんな噂を立てられるかわかったもんじゃない。

「こっち!」

すんでのところで身を隠した2人は、メイクルームに入ってきた女性の声を静かに聞き過ごす。

慌てて更衣室に駆け込んだせいで、息がかかるほどに密着しているが、動くことは許されない。
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