対立相手が婚約者。それって何かの冗談ですか?
今度は恵巳が一歩歩み寄り、ぴたりと体を寄せた。左側に拡樹の存在を感じられるこの距離が、なんだか嬉しかった。

「どうして、ここまでしてくれるんですか?私が男性だったら、ひねくれた態度ばかり取る女は嫌ですよ。拡樹さんのことが、不思議でなりません」

「言ったじゃないですか。僕はあなたに好きになってもらいたいんです。

今まで、父に言われるがままに、いくつもの見合いの席に着いてきました。だからといって、進展する話は1つありませんでした。初めから乗り気でないものばかりでしたからね。でも今回、初めて結婚したいと思う相手に出会いました」

「でも、あの旅館で会った時が初対面でしたよね?どうしてそこまで?」

そう尋ねると、少し困ったような笑みを浮かべた拡樹。

「白状します。僕は、それよりも前から恵巳さんのことを知っていました。

博物館の入り口でぼんやり外を眺めてたんですけどね、よたよたと歩いてたおじいさんが、持っていたカード類をたくさん落としてしまったんです。

その老人は、身なりが整っていなくて、助けに入るのを皆ためらっている様子でした。外で案内を行っていた、うちの従業員も、僕も。そしたら、老人の後ろから歩いてきた女性が落とし物に気が付いて、すぐに駆け寄っていったんです。少しもためらうことなく、声をかけて、カードを拾って老人に渡していました。

こんな人もいるんだなと、心を打たれました。

それからしばらくして、父さんから見合いしろって言われたから今回も断ろうと思ったんですが、写真を見てびっくりしました。あのとき、老人を助けた女性だったから。

出来ることなら、もう一度会ってみたいし、話してみたいと思っていた方だったから。

だから、再会できて嬉しかったんです。
決して、父に言われるがままに婚約したわけではありません。

ずっと、言おうと思ってたんですけど、こんなこと恥ずかしくてなかなか言い出せなくて」

「…知らなかった。そんなこと…、駄目だ、全然思い出せない」

必死で記憶をたどるが、そんなことがあったような気もするし、今作った記憶のような気もして、はっきりとしない。
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