対立相手が婚約者。それって何かの冗談ですか?
家に戻ってきた恵巳は、大声で父を呼びながらリビングに駆け込んだ。勢いよく扉を開くと、見慣れた半袖半ズボンで娘を出迎えた。

「お父さん!婚約ってどういうことよ!」

「あぁ、おかえり。どうだ、拡樹君はなかなかの好青年だったろ」

心からの謝罪を申し出るかと思いきやこの態度に既に爆発している恵巳の怒りは大噴火した。

「そういう問題じゃないでしょ。あんな契約書に勝手にサインして!交流館を守るためだからって、ありえないんだけど」

若干のどや顔を見せる父に、殴り飛ばしそうな勢いで詰め寄る。

「あらあらどうしたの、そんな大声出して。婚約?あぁ、宮園さんとこの息子さんね。高身長で、かっこよくて、モデルさんみたいよね。素敵だわ」

母にしては、拡樹の外見的特徴をはっきり記憶していた。父を愛してやまない母が、他の男性の外見に言及するなど、かなり珍しいことだった。だが、恵巳にとって問題はそんなことではなかった。

「お母さんも知ってたの?知ってて止めなかったの?」

「だって恵巳、彼氏いないでしょ?良い機会じゃないの」

父に続き、まったく悪びれる様子のない母。なぜ止める必要があるのかとでも言いたげな表情だ。
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