対立相手が婚約者。それって何かの冗談ですか?
「困ったわねぇ。

こうなったら、閉めるしかないってこと?
この建物を売ったとして、いくらくらいになるのかしら。
和歌とかはどうするの?誰かにあげるの?

一個くらい誰かに売ったっていいわよね?
お隣さんが、ネットオークションに出品したら結構高く売れるって言ってたの。
ここにある和歌って、ほら、なんとかっていう有名な本に載ってるものなんでしょ?」

「古今和歌集よ、お母さん」

事の重大さをいまいち理解しきれていないどころか、ネットで売ろうと言いだしたのは、恵巳の母。

父や恵巳とは違って歴史や、和歌には全く興味がなく、展示品を見ても、「ふにゃっとしてて可愛いわね」と、文字そのものを作品として捉えるという、なんとも芸術的なセンスを見せつけていた。


古今和歌集といえば、紀貫之らが平安時代以前の和歌を編纂した歌集。つまり、手紙や他の記録から歌だけを集めて作られた作品集である。

その存在はあまりに有名で歴史の教科書に必ず載っている。その古今和歌集にのっている歌の数は1000以上。しかもそのうちの4割が詠み人知らずとされている。

つまり、時代が流れるにつれて様々な人に詠み継がれ、その結果もともとの作者がわからなくなってしまった歌が400はあるということ。

交流館と同じ、小関家の敷地の中にある蔵には、そんな詠み人知らずの和歌が100ほど保管されており、そのうちの半分ほどが入れ替えられながら展示してある。
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