対立相手が婚約者。それって何かの冗談ですか?
座椅子に座ってゆっくりしている拡樹。今まではスーツ姿を見ることが多く、その時にもどことなく色気がある人だとは思っていたが、浴衣姿でこうも無防備なところを見ると、色気に当てられてしまいそうだった。気を確かにしながら、様子を窺っていた恵巳は、そっと向かいに座った。

「温泉、どうでした?」

そんな、当たり障りのない会話から始めた。

「良いお湯でした。おかげで肩が軽くなりましたよ」

「お父さんみたいなこと言いますね。まだ若いのに」

「いえいえ、年齢には逆らえませんよ」

そう言って、肩に手を当ててぐるぐると腕を回している。
おじさん臭いい回しに思わず吹き出す恵巳。

「あんなにきれいな背負い投げ、初めて見ました」

「幼いころから叩き込まれたんです。身体を動かすのも苦手だったので、柔道や空手を教えてくれていた厳しい先生も含めて好きにはなれませんでした。

練習前には泣いて嫌がっていましたが、父が休むなんて許してくれるはずもなく、泣きながら兄に連れられて行っていました」

拡樹が武道をやっていたことは予想外だったが、泣いて嫌がる拡樹と厳しい父親の関係性が安易に想像ができるそのエピソードに、恵巳は苦く笑った。
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