対立相手が婚約者。それって何かの冗談ですか?
「ですが、そのお陰で恵巳さんを守ることができました。あのつらい練習の日々も、今日でチャラになりました」

「チャラって…。大袈裟では?」

「そんなことありませんよ。武道を始めたきっかけは自分の身を守るためでしたが、大切な人を守るためにその力を使うことができるなら、それは何倍もの意味があると思うんです。
そんな意味を持てた僕は幸せ者ですよ。武道の神様に愛されてます」

冗談でもなんでもなく、本気でそう思っているようだった。
じんわりとした温かさが胸に広がっていくのを感じた恵巳は、静かに頷いた。

視界に入った自分の腕を見て、先ほど男に掴まれたことを思い出す。掴まれた瞬間に全身にぞわりと鳥肌が立った。あんなに嫌悪感に襲われたことはなかった。

それは、拡樹に触れられた時とは大きく違うことを、はっきりと意識させられた瞬間だった。

「腕、痛むんですか?」

思わず腕をさすっていたところを見逃さない拡樹。心配そうに眉が下がっている。

「え?ち、違いますよ。ちょっと気になっただけです」

「やっぱり、あと数発殴っておけばよかったかな」

なんて、真剣に物騒なことを言い出す。
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