対立相手が婚約者。それって何かの冗談ですか?
ぎゅっと口を結んで唇を噛みしめ、眼鏡の奥の瞳が泳いでいる。わかりやすく動揺している父を見て、2人は事実だと察した。

鑑定士としてあらゆる博物館や資料館に出入りしている山田は、こういった表には出てきにくい情報に強かった。

「どうして断ったの?」

「蓮君、その話は黙っておいてくれなきゃ、僕のわがままみたいになってしまうじゃないか。

ちゃんとした理由があるんだよ!あのジジイ、融資する代わりに、うちの展示品の所有権をすべて譲れと言ってきたんだよ。僕は、あの子たちを放したくない!たとえ所有権と言う目に見えないものだとしても、譲りはしない。全部僕のものだ!」

語尾が大きくなり、机に抱き着くようにしがみつく。
まっとうな理由ではあるにもかかわらず、駄々っ子のような言い方をするせいで、本当に大人のわがままにしか聞こえない。3人からは、残念な目で見られている。

だが恵巳も、交流館を譲る気は微塵もないという父の気持ちは理解できた。先祖から受け継いできたものを、自分たちの代で手放す選択は避けたいものだった。

「もう一回銀行に融資をお願いしてみよう。この際土下座でもなんでもしてやるさ!ひとまず、今日はこれで終わりだな。さ、ビールでも飲むか」

その行動が父の頼りなさを形成しているのだが、そこに突っ込むのはとっくに諦めている3人は、黙って解散した。

こうして、結局今後の方針は決まらぬまま、赤字経営を翌日からも続けることになった。
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