一筆恋々
【九月七日 手鞠より静寂への手紙】
謹啓
停車場の行きがけにあるお稲荷様で、白萩が咲き始めていました。
渡ってくる風はまだまだ熱を含むのに、それが細やかな葉としろい花の間を抜けるだけで、急に秋の香りが感じられるから不思議です。
今日同じ組の通子さんに新しいジョーゼットの着物を自慢されてしまいました。
確かにきれいな紺藍の、秋によく似合う素敵な着物でした。
婚約している遠野男爵が銀座の百貨店で買ってくださったものなのですって。
わたしもジョーゼットを着て行きたかったけれど、九月の空にラムネ瓶いろはあかる過ぎる気がしてやめたのです。
正解でした。
もし着て行って通子さんに「季節感が……」などと嫌みを言われたら、喧嘩になってしまったと思うので。
また新しい六月が参りましたら、あの単衣に絽塩瀬の青楓の帯を締めたいと思います。
それから、駒子さんが静寂さんにお礼をしたいそうです。
お家に何かお送りしてもよいか聞いてほしいとのことでした。
菊田さんにもお手紙を送ったそうです。
その話をする駒子さんのお顔が真っ赤で、菜々子さんが面白がって大変でした。
改めてお礼を申し上げます。
敬白
大正九年九月七日
春日井 手鞠
久里原 静寂様