一筆恋々
【十一月二十八日 手鞠より静寂への手紙】
謹啓
今日はお芝居にお連れくださって、ありがとうございました。
中菱花扇の出ている作品にしてくださったのですね。
わたしが花扇贔屓だと、覚えていてくださいましたか?
やはりとてもきれいで、男性とわかっていても憧れてしまいます。
静寂さんはあまり花扇がお好きではないようでしたが、お嫌なら無理に合わせてくださらなくていいのですよ。
今度は静寂さんがお好きな役者のお芝居に連れて行ってくださいませ。
それから、何より淡雪さんがご無事でよかったです。
静寂さんの安心されたお顔が見られて、わたしもうれしいです。
けれど、帰国されたときすぐに連絡くだされば、静寂さんもご家族ももっと早く安心できましたのに。
興味があることに没頭なさるのはいいことですが、ご家族は大変ですね。
わたしもその家族になりますので、淡雪さんが戻られましたら、改めてご挨拶させてください。
敬白
大正九年十一月二十八日
春日井 手鞠
久里原 静寂様