Starry Night Magic
「風邪引くなよ、体調崩す前にしっかり休めよ、確実に6時間は寝ろよ、あとしっかり野菜は食べろよ、それから……」
「わーかってるよ、いつも無口なくせにこういう時だけ小言の多いお母さんみたいになるんだから」
君は好きなことには夢中になりすぎるから昔から心配で、いざ離れるとなると口うるさくなってしまう。
そうやっていつも通り手荷物検査場の前で注意喚起イベントを繰り広げていたが、俺はどこか上の空だった。
一線を越えるか超えないか。
もしかしたら一生今の関係が続くかもしれないけれど、一線を超えられる瞬間は今日を逃せばなんとなくもう二度とやって来ない気がしていた。
場内にアナウンスが流れる。
特定の便の搭乗予定の客に、保安検査場を通るよう促すものだった。
便名までは知らなかったが、行き先と時間からして君のフライトだ。
君は意を決したように息をひとつ付くと、肩にかけたショルダーバッグの肩紐を握り直す。
そしてすっきりとした笑顔で俺の顔を見上げる。
「じゃあね、元気で」
「おう」
君は俺の返事を聞くと、満足げに一度だけ頷いてくるりと背を向けた。
またね、いつもこのあとに続く言葉が無かった。
それはつまりそういうことで、心臓がぎゅっと縮こまって身体中がひんやりとした。
君の背中がどんどん遠ざかっていく。
それに比例して俺の心拍数が上がる。
額から手から、汗が吹き出すのが分かる。
今このまま君を手離せば、きっともう一生掴むことは出来ない。
ここから先は脊髄反射だった。
あんなにいつも考えてから行動する俺が脳を通さずに振る舞ったのは、後にも先にもあの時だけだと思う。
愛しくて愛しくてたまらなくて、でも愛しいことにはずっと気付かないフリをしてきた君の名前を呼ぶ。