私が恋を知る頃に
寝静まった静かな病棟を歩き、奥の方にある穂海ちゃんの病室へ向かう。

病室の前へ着くと、ドアの隙間からほんのり漏れた明かりが、穂海ちゃんが起きていることを示していた。

コンコンッ

他の患者さんを起こさないようにそっとノックをしてから、スライド式の扉を開ける。

「失礼します」

小声で声をかけてから病室に入ると、穂海ちゃんは布団を被って頭と目の所だけを布団の上から覗かせていた。

まだ少し警戒されているようだ。

「穂海ちゃん、消灯時間過ぎたけど、まだ眠れないかな?」

そう言うと、穂海ちゃんは体をビクッと震わせ小さな声で

「ごめんなさい…」

と言った。

「あぁ、ごめんね、叱りたかった訳じゃないんだ。昨日から眠れてないって聞いたから、様子を見に来たんだ。どうかな、眠れそう?」

そう聞くと、今度はフルフルと小さく頭を横に振った。

「夢を見るのが怖い?」

……コクン

やっぱり、昨日の悪夢が相当精神的にこたえたようだ。

「そっか。やっぱり悪夢を見ると辛いよね…。どうしようかな……、お薬を使って眠るのは嫌かな?」

コクン

即答。

薬も使いたくない、でも眠れない、そもそも寝たくない、でも体的には長時間眠らないのは確実に悪影響を及ぼす……

そうなると、頑張って睡眠を促すしかないか…

「じゃあさ、魘されてたらすぐに起こしてあげるから、とりあえず1回寝てみない?ずっと寝てないから、もう起きてるのも辛いでしょ?」

……コクン

「もしかしたら、夢を見ずにぐっすり眠れるかもしれないよ。俺、穂海ちゃんが起きるまでここに居てあげるから頑張って寝てみない?」

「…………絶対、居なくならない?」

「うん。約束する。」

「もしかしたら、すぐ起きちゃうかもしれない…」

「それでもいいよ、少しでも眠れたことに価値があるから。ちょっとずつ眠れるようになっていけばいいから。」

そう言うと、少し考えたような顔をしてから穂海ちゃんは不安げに頷いた。

「………頑張って…みる……」

「うん、偉いね。少しでも眠って体力を回復させようね。」

そう言ってから、間接照明をつけ、部屋の電気を消す。

「ここの明かりつけておくね。」

コクン

「おやすみ」

ずっと眠たそうにしてた穂海ちゃんは少しほっとしたように目をつぶり、その後すぐに寝息が聞こえてきた。

どうか、悪い夢を見ませんように。
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