私が恋を知る頃に

楓摩side

「瀬川くん、もうそろそろ他の患者さんの回診もあるし行こうか。」

「あっ、はい!穂海ちゃん、また後でね」

笑顔でとても嬉しそうな様子の瀬川くん。

……でも、その一方俺は素直に喜べずにいた。

いや、穂海ちゃんが目を覚ましてくれたのは嬉しいし喜ばしいことだ…でも、何故か何か嫌な不安因子を感じたような気がした。

…多分、その原因のひとつが穂海ちゃんの表情だった。

瀬川くんは穂海ちゃんに抱きついていたから見えなかったかもしれないが、俺は穂海ちゃんの顔に一瞬悲しさが浮かんだのを見逃さなかった。

悲しさと言ったものの、実際には悲しさの一言では表せないような複雑な表情をしていた。

まるで、何かに絶望しているような……

ICUを出たところで、俺は瀬川くんを引き止めた。

「…何か、ありました?」

俺の表情を見てか、瀬川くんは不安げに尋ねる。

「……穂海ちゃんのことで、少し不安があってさ…。」

俺は、さっき自分が見たことと考えたことを歩きながら瀬川くんに話した。

話すにつれて、瀬川くんの表情はどんどん暗くなっていく。

「…とりあえず、まだこれは確定事項じゃないから。俺の見間違いかもしれないし、そんなことなかったかもしれない。……でも、一応精神科と連絡取っておいた方が万が一があった時にいいかなって。」

「……そうですね。」

「まだ何も起きてないから言いようがないけど、大丈夫だよ。きっと大丈夫。不安にさせておいてなんだけど、何とかなるさ。きっといい方向に進む。…そう信じてやってみよう。何かあっても、俺たちがいるし、俺たちじゃなくても頼れる人は沢山いるから。」

なんて不確定なふわふわとした話だろう。

自分で言っておきながらそう思う。

でも、実際今のところはこう話すしかないんだ。

これから何が起きるか分からないから。

でも、何が起きたとしても、穂海ちゃんを助けるために最善を尽くす。

それが俺たちの使命だから。
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