私が恋を知る頃に

碧琉side

夜、寝静まった病棟の中、穂海ちゃんの病室へ向かう。

最近は、毎日清水先生や佐伯先生にも協力をお願いして、夜必ず一度は様子を見に来るようにしていた。

清水先生が、穂海ちゃんの暗い表情を指摘したあの日以降、明らかに穂海ちゃんの食べる量が減った。

最初は、起きたばかりだからかとも思ったが、一向にそれは回復する様子もなく、むしろ悪化していった。

泣いている姿をよく目にすると看護師さんからも報告を受けていて、明らかに何かあったことは確実だった。

思い当たるのは、発作を起こす直前の過呼吸。

夕方の回診に行くと様子がおかしくて声をかけた。

すると、少しのやり取りをしたあと急に取り乱し始めてそのまま過呼吸に陥った。

あそこで多分何かあった。

それが何か分からない限り、この件は解決しない気がする…

今後の対応を考えていると、すぐに病室前へついた。

寝ているかもしれないのでそっとドアを開ける。

穂海ちゃんは眠っていた。

……でも、様子がおかしい。

息遣いが苦しそうだ。

近付くと、穂海ちゃんは酷く魘されながら自分で自分の首を絞めていた。

驚いて、穂海ちゃんの肩を叩いて穂海ちゃんを起こす。

「穂海ちゃんっ、穂海ちゃんっ!!」

何とか首から手を離そうとするものの、穂海ちゃんは首をぶんぶんって俺の手を退かしてくる。

幸い、急所は外れているものの、このまま下手に息が詰まったら危ない。

穂海ちゃんを起こしつつ、小児科医局にコールする。

"はい、こちら小児科佐伯"

「佐伯先生っ、瀬川です。今すぐ穂海ちゃんの部屋来ていただけませんか!大変なんです!」

"了解。今から向かう。"

先生が来るまで、どうにかしないと…

何度も呼びかけるも、魘されてるせいか一向に目を覚ましてくれない。

「瀬川っ!!」

扉が開いて佐伯先生が飛び込んでくる。

「どうした…って、なんだこれ……」

先生は穂海ちゃんの様子を見て唖然。

でも、すぐにナースコールで看護師さんに薬の指示を出す。

多分薬の名前的に筋弛緩剤だ。

とりあえず、穂海ちゃんの筋力を弱らせて手を退かす気か。

薬はすぐに届いて、先生が穂海ちゃんに注射を打つ。

打つ瞬間に多少暴れたものの、すぐに穂海ちゃんの体から力が抜けていく。

呼び掛けも続けていると、穂海ちゃんはうっすらと目を覚ました。

穂海ちゃんの両目からはボロボロと涙がこぼれる。

「…ヒック……ご、めんなさ………ヒック…」

まだ、夢と現実の区別がついていないのかひたすら泣く穂海ちゃんに佐伯先生も戸惑っている様子だ。

「穂海ちゃん、どうした?怖い夢見たかな?」

そう聞くも、ブンブンと頭を振って否定される。

「ごめんなさいっ、ごめんなさいっ…悪い子でごめんなさいっ……」

親から怒られる夢でも見たのかな…

でも、それにしては思い詰めた様子だ。

「鎮静剤持ってこようか?」

「…その方が、いいですかね…………」

いつものように穂海ちゃんを抱きしめ落ち着かせようと、穂海ちゃんに近付くと急に視界が揺れた。

穂海ちゃんに突き飛ばされたと気付いたのはそれから数秒たっての事だった。

「やだっ!!優しくしないでっ……!!」

悲痛な叫びだった。

俺が尻もちをついていると、佐伯先生が戻ってきて、先生にも声が聞こえていたのか、戸惑った様子で俺と穂海ちゃんを見てからPHSでどこかに電話をかけ始めた。
< 133 / 282 >

この作品をシェア

pagetop