私が恋を知る頃に
「そっか。そっか。…お母さんに言われたんだね。いつ、言われたかな。」

「……ずっと、ずっと昔。…なんでか分からないけど………思い出しちゃって…そこからずっと……ずっとお母さんが私に"死んでくれ"って言うの…っ……それが…悲しくて……苦しくてっ…」

穂海ちゃんは辛そうに布団をギュッと握りしめる。

「そうだったんだね。それで、ずっと苦しかったんだね。」

園田先生が穂海ちゃんの背中をさすると、穂海ちゃんはコクンと頷く。

「教えてくれてありがとう。…ひとつだけ、聞いてもいい?」

少し間が空いたあと小さな頷きが返される。

「穂海ちゃんはさ、今、死にたいって思う?」

とても重い質問だ。

穂海ちゃんも、戸惑ったような表情をしている。

「…急にこんな質問してごめんね。でも、答えてほしいんだ。何も考えずに素直な気持ちを教えて欲しい。」

園田先生の真剣な眼差しと穂海ちゃんの不安げな眼差しが交わる。

穂海ちゃんの目から涙が零れた。

「穂海ちゃんは、どうしたい?」

その優しい問いかけにまた穂海ちゃんは涙を流す。

長く続いた沈黙の後、穂海ちゃんは口を開いた。

「…………死にたく、ない…死にたくなんかないよ……」

それを言い切ると、堰を切ったように嗚咽と共に大量の涙が溢れてきた。

「そっか。そっか。穂海ちゃんは、死にたくないんだね。」

コクン

「うん、うん。でも、お母さんに言われたことを思い出して苦しくなっちゃったんだ。」

コクン

園田先生はひとつひとつ確認するように丁寧に穂海ちゃんに問いかける。

「ならね、"死なないといけない"ことなんてないんだよ。」

園田先生が穂海ちゃんの手を包み、穂海ちゃんは顔を上げる。

「穂海ちゃんが死にたくないなら、生きよう。誰になんと言われようと、これは穂海ちゃんの人生だ。生きよう。一緒に生きよう。」

とても強くたくましい言葉だった。
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