私が恋を知る頃に
数分すると、穂海はチラッと布団から顔をのぞかせた。

「少し、落ち着いた?」

…コクン

穂海は、俺が頷いたのを確認するとそっと布団から出てきた。

「怖い夢、見た?」

そう聞くと、少し考えた様子を見せてから小さく首を横に振った。

「…………私…」

「うん」

「……た…退院、したくない」

ああ、きっとまた不安になっちゃったんだな。

でも、それもそうだよね…

今までずっと辛い環境に居て、場所は違うとはいえやっと見つけた安心出来るここを出ないと行けないんだから。

俺は、穂海の頭をそっと撫でた。

「そうだよね、怖いよね。」

コクン

「何が不安か、言える?一緒に解決策考えていこう。」

そう言うと、穂海はまた少し悩んだ様子を見せる。

それから、ぽつりぽつりと絞り出すように不安を吐いた。

「…ひとりになるのが、怖い。……怖い夢見た時とか、こうやって不安で苦しい時に、ひとりで居るしかないのが怖い………」

「そっか。…じゃあさ、怖い夢を見た時にはどうするか今から一緒に決めておこうか。そしたら、退院してからも実践できるし今日のこと思い出してくれたら、少しは寂しくないでしょ?」

…コクン

「じゃあね、怖い夢を見た時は胸に手を当てて、まずゆっくり大きく3秒息を吸う、それから5秒かけてゆっくり息を吐く。自分が、どこにいるのか確認して、深呼吸を続ける。ポイントは全部ゆっくりやること。落ち着いたら、眠れそうなら寝ればいいし、寝れなそうなら眠れるまで起きてたらいいよ。」

俺は、身振りをつかってやり方を教える。

このやり方なら、過呼吸には至らないはずだ。

「……わかった。…あとね」

「うん」

「…施設の人………怖い…」

施設の人か……

前に入っていた時に、何か嫌なことがあったのかな。

「何が怖い?怒られた、とか嫌なことされたとか」

「………わ、私…何も出来ないから……怒られた…」

「何も、ってどんなこと?」

「……お箸、上手に使えないし…文字も上手く書けなくて……」

ああ、そっか。

きっとその施設の職員さんは、穂海と生まれ育った環境が違うから、なんで出来ないのか理解してないんだな。

ずっと家で教えて貰えなかったんだもの、出来なくてしょうがないのに…

「それは、俺がちゃんと言っておくよ。大丈夫、今出来なくてもこれから練習すれば出来るようになるから。俺、穂海が頑張ってること、知ってるから。」

そう言うと、穂海はポロリと涙を零した。

「いっぱい不安抱えてたんだね。そうだよね、慣れない環境に行くのは怖いよね」

優しく背中を撫でてあげると、穂海はギュッと俺に抱きついてきた。

小さく震える体を、そっと抱きしめ返す。

「大丈夫。大丈夫。穂海なら、上手くやれるよ。」

少しでも、穂海の過ごす日々が楽になりますように。

そう願いながら、背中を撫で続けた。
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