私が恋を知る頃に
予定の時間が20分後に迫った頃から、穂海はチラチラと時計を気にするようになった。

そして、話の途中途中に不安の表情が浮かぶのを俺は見逃さなかった。

「穂海」

「ん?どうしたの?」

そう言って穂海は笑顔で聞いてくるが、やっぱり少し緊張しているのか、笑顔が硬い。

「…何かあったら、ちゃんと言うんだよ。」

穂海の手を両手でそっと包む。

「……ど、どうしたの急に」

「穂海は、苦しいことを自分で我慢しちゃうからさ、些細なことでもいい。何かあったらちゃんと言うんだよ。不安は1人で抱えちゃだめ。」

穂海の両目に涙が浮かんでくる。

「穂海はひとりじゃないからね。不安、施設の人に言い辛かったら、電話して?もちろん、何も用がなくても電話していいからね。」

事前に用意しておいた俺の電話番号を書いた紙を穂海に手渡す。

「……っ…ぅ…」

我慢していたものが耐えきれずに溢れるように、穂海から涙と嗚咽がこぼれた。

「よしよし。慣れない環境に行くのは辛いよね。不安だよね。」

コクン…コクン……

泣き続ける穂海の背中を撫でる。

「あともう少しだからね。この3ヶ月を乗り切ったら、好きなこといっぱいしようね。」

「…うんっ……」

「偉いね、穂海はいつも頑張ってて偉いよ。」

穂海は、緊張と不安がマックスになったのか、俺に抱きついて声を上げて泣いた。

「あとちょっとだからね。もう少しだけ頑張ろうね。」

コクン

穂海は、施設の人の迎えが来るまでずっと俺に抱きついたまま時間を過ごした。
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