私が恋を知る頃に
"最後の晩餐だよ"

そう言ったお母さんに連れ出されたのは、初めて入ったファミリーレストラン。

「好きな物いっぱいお食べ。今日はお金を気にしなくていいからね。ジュースもデザートもつけちゃおうか。」

お母さんが広げてくれたメニューには、見たことのない沢山の料理たち。

どれも美味しそうでキラキラと輝いて見えた。

お母さんは笑顔で、ジッと私がメニューを選ぶのを待っていてくれる。

結局、私はお子様セットの上に小さな旗のついたオムライスを頼んだ。

オムライスの他にお母さんはジュースをいっぱい持ってきてくれた。

そのころの私はジュースなんて、1年に2、3回しか飲む機会がなかったから、それはもう喜んではしゃいだ。

さらに、お母さんはオムライスを食べ終わった後に、デザートだと言ってアイスをつけてくれた。

初めてのアイスだった。

あまくておいしくておなかいっぱいで

これ以上にないほどの幸福を感じた。

その時の私は、幼すぎて理解できていなかった。

"最後の晩餐"の意味を。




その日のお母さんは、久しぶりに一日中ずっと笑顔だった。

二人で満腹になって幸せいっぱいで手を繋いで家に歩いて帰った。

帰る途中も沢山色んなことを話した。

あんなことがあったね、こんなことがあったね、あの時は楽しかったね、

そんな楽しい話ばかり。

今までで一番笑顔が溢れていた瞬間だったと思う。

いつもの帰り道じゃなくて、ちょっと寄り道をして長く歩いた帰り道。

その間には、ずっと笑顔しかなかった。

ただひたすらに幸せで"明日も、こうだったらいいな"なんて呑気なことを考えていた。





家に着いてお母さんと一緒にお風呂に入った。

いつもは、勿体ないから、と溜めたことの無い湯船にお湯を張って二人で浸かった。

体が芯から温まってきて、それはもう心地よかった。

心地よくて、ぽかぽかと温まってきた体はお布団に入っている時と似ていて、私はだんだんと眠くなってきてしまった。

瞼が重くなってくる。

「……眠くなっちゃった?」

コクンと頷きを返すと、お母さんは笑顔で頭を撫でてくれた。

「眠っても、いいよ。」

"うん"と返すよりも先に、眠気は勝って私は心地よいまま眠りに落ちた。
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