私が恋を知る頃に
「………私、また病気…」

そう言って穂海は酷くつらそうな表情で唇を噛む。

「大丈夫だよ。頑張って治していこう?」

そう声をかけるけど、穂海はフルフルと首を横に振って否定する。

「…………」

そしてまた俯いて穂海は思い詰めた表情のまま黙ってしまう。

「…………どうした?」

完全に穂海の思考が読めず声をかけるも、穂海は黙ったまま、さらにそのままポロポロと涙を流して泣き始めてしまう。

「大丈夫だよ、大丈夫、ちゃんと治るから泣かないで」

そう言うも、穂海はまた首を横に振るだけ。

どうしたものか、対応に困っていると、小さくドアがノックされた。

「失礼します」

そっと入ってきたのは清水先生。

「あれ、瀬川くんいたんだね。泣き声聞こえるから心配になって来たんだけど…」

泣き続ける穂海と困り果てた俺の様子を見て察したのか、清水先生は穂海の傍へ近付きゆっくりと背中を撫でる。

「穂海ちゃん、どうした?」

清水先生が聞くも、やはりまた穂海は首を横に振る。

「ん?言いたくない?穂海ちゃん泣いてたら心配だから教えてほしいんだけど、ダメかな?」

そう先生が声をかけると、穂海は泣いたままゆっくりと顔を上げた。

「教えてくれる?」

優しげに微笑んだ清水先生に穂海は小さく頷く。

「………私、また、病気って…」

「穂海ちゃんは病気だよって言われたの?」

穂海は小さく頷く。

「そっか。それで、どうした?」

「……それで…、私、………不安で…」

「うんうん。病気って言われて不安になっちゃったんだね。」

コクン

「…私、また、病気、でさ……いいのかな……って。私、今でさえ、何も出来ないのに……、また、病気…。どうしよう……」

手を顔にあててさらにまた泣き始める穂海を、清水先生は優しく撫で続ける。

「そっか、そっか。穂海ちゃんは、病気だよって言われて、将来の不安が大きくて悲しくなっちゃった感じかな?」

コクン

「うん、うん。教えてくれてありがとう。そっか、病気だってこと教えてもらったんだね。なんの病気って言われたか覚えてる?」

「……心の、病気…って」

「うん。そうだね。穂海ちゃん、最近苦しく思ったり、嫌だなーって思ったりすること多いでしょ?それが、病気の仕業なのね。病気は、穂海ちゃんの悲しい気持ちとか嫌な気持ちを引き出して、穂海ちゃんをしんどくさせるの。穂海ちゃんは、ずっとこの嫌なままの気持ちでいるのは辛いよね。」

コクン

「うん。しんどいの、はやく無くしたいね。」

コクン

「…この病気はね、ちゃんと治療法があるんだよ。そして、ちゃんと治療したら、穂海ちゃんの心の中のその嫌な気持ちも苦しい気持ちも、だいぶ楽になるんだ。どうかな、治療のことはまだでもいいけど、1回精神科の先生とお話ししてみない?先生に話聞いてみて、治療したいって思ったらすればいいし、しなくてもいいかなーって思ったらやめよう。どう?」

清水先生の口調はいつもよりゆっくりで、絵本も読むかのような落ち着いた、でも優しい声だった。

「……お話し、するだけ?」

「うん。するだけ。」

穂海はしばらく迷ったような表情をしたあと、小さく口を開いた。

「……お話し、してみる…」
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