私が恋を知る頃に
夜明け
「おつかれ様〜」

「お疲れ様です。……途中取り乱してしまって、本当にすいませんでした。」

バッと頭を下げた瀬川くん。

今日予定していた面談の前、少し穂海ちゃんの心の準備の時間を設けた際、穂海ちゃんがパニックを起こしてしまった。

最初はそれに対して瀬川くんが対処してくれていたが、パニックが止む気配がなかったのと、これ以上続くと穂海ちゃんが危ないと判断し、途中で僕が処置を変わった。

すると、僕に変わったあたりから、瀬川くんの表情は曇り、とうとう僕が処置を終えるころには険しい顔から涙がこぼれた。

それに関して詳しく理由は聞いていないし、聞く予定もないが、もしかしたら、僕が処置を変わったことで、瀬川くんに劣等感を抱かせてしまったのかもしれない。

きっと普段の瀬川くんだったら、何もなく、普通に終えていたことだろう。

しかし、今日は事情が違った。

瀬川くんの大切に思っている人、穂海ちゃんの自傷行為で瀬川くんは深く傷ついている様子だった。

そこで、さらに自分自身にふがいなさだとか、劣等感を抱えているときに、今日のことがあった。

突然の穂海ちゃんのパニックに瀬川くんも驚いただろうし、怖かっただろう。

それでも、医師としての責任、プライドがあって、それも心に重くのしかかった。

それで、つい、積もり積もった感情があそこで一気にあふれてしまったように見えた。

「ううん、大丈夫だよ。逆に、瀬川くんは大丈夫?…心の負担、かなりきつかったでしょう……?」

「……正直言うと…はい。…しんどかったです。」

そういった瀬川くんの表情はまたつらそうで、やはり心の傷はなかなか治るものではないなと実感する。

「……でも」

その言葉に驚いて顔を上げると、瀬川くんは何かを決意したかのような、腹をくくったかのような真剣な表情をしていた。

「もう、くじけないって決めたんです。俺、もう穂海の前であんな弱い姿見せません。それが、俺の…、医師として、彼氏として、のせめてもの責任だと思うんです。俺があんな不安な表情をしてたら、穂海の不安が解消されずはずもない。俺は、患者の前では頼もしくいなきゃ。……まだまだ、俺は未熟です。それでも、俺、あきらめません。患者にとってのより良い医療を提供したいし、もっと患者の心に寄り添いたい。…だから、俺、もっと頑張ります。……なので…これからもご指導おねがいします!」

……なんだか、心配はいらなかったようだ。

あの後に、こんなに心強くて頼もしい言葉が聞けるとは思ていなかった。

「うん。その意気だね!がんばって、これからももっと良い医療を目指そう。わからないことは何でも聞いていいからね。部署が違うからって遠慮はしないで。」

「はい。ありがとうございます!」

「あ、あと……」

一つ大事なことを言い忘れていた。

一番大事なこと。

「無理はしちゃだめだよ。患者さんを思う気持ちはとても大切。でもね、自分自身の体と心が一番大切だから。今日みたいに、もしかしたら知らないうちに心に負担がかかってることもあるかもしれない。だから、自分をおろそかにせず、何かあったら…なくても、気軽に相談に来てね。」
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