私が恋を知る頃に
「変なの……」

…自分のことじゃないのに、よろこぶなんてよくわからない。

「きっと、穂海ちゃんもいつかわかるよ。…よし、じゃあ、そろそろ本題に入ろう。少しでも辛くなったら教えてね。」

「うん」

きっと、お母さんたちのこと、聞かれるんだろう。

…お母さん、私いなくなって、喜んでるかな……

「この前、ここに運ばれてきた日のこと、覚えてる?」

「……うん」

「ゆっくりでいいから、教えて?」

「…あの日は…………、お母さんも男の人もすっごく機嫌が悪くて……、私はやってないけど………お母さんの大切なものが無くなったみたいで、お前がやったんだろ?って言われて………………、お風呂場に連れてこられた。」

「そっか。…その後は覚えてる?」

「うん、お風呂場で手と足、縛られて……動けなくて…その後、お風呂の栓を閉めた状態で水道から冷たい水を出して、そのまま男の人はどっかに行っちゃった。…………寒くて、水面はどんどん上がってきて、怖くて、でも動けないからなにも出来なくて……気付いたら頭のてっぺんまで水の中で、『あぁ、私、死ぬんだな』って思った。」

あの時の恐怖が浮かび上がってくる。

ついさっきまで、布団の中に隠れられていたのに、いつの間にか冷たい水の中身動きも取れず、ただ黙って死ぬのを待つしかない。

寒くて、体中が痛くて、普段は唯一の命綱だった水が、一気に鋭いナイフと化した。

でも、同時に『やっと死ねる』って少しだけ安心した。

もう、怖い思いも、痛い思いもしなくて済むんだ。

もう、お母さんを怒らせたり、悲しませたりしなくて済むんだ。

邪魔者の私は、いなくなった方が喜ばれる。

…………毎日、怒られて忌み嫌われるだけだった私にとっては、私がいなくなることで誰かが幸せになってくれるなら…少しだけ心が軽くなったんだ。

お母さん…………

無意識のうちに、ポロポロと涙が溢れてくる。

『死にたい』なんて思ってたけど、でも本当は、心のどこかで『生きていいんだよ』って言われたかったんだ。

街中の小さい子がやってもらってるみたいに、私も抱っこされたり、頭を撫でてもらいってずっと思ってた。

『大好きだよ』って言われたかった。

『生まれてきてくれてありがとう』って言われたかった。

少しでもお母さんを喜ばせたかった。

お母さんの笑顔が見たかった。
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