私が恋を知る頃に
それから、数時間俺たちは他愛もない話をして、時間を潰した。

少しずつ、お母さんの話とか病気の話を聞き出してみたけど、まだ核心部分には触れられていない。

でも、そろそろ聞き出してもいいよな…

「…穂海ちゃん、ひとつ質問いい?」

「いいよ」

「……穂海ちゃんはさ、なんで、手術いやなの?」

そう言うと、一瞬戸惑いの表情を見せてから、穂海ちゃんはゆっくりと口を開いた。

「…手術…………怖い。痛いのも怖いけど、何をされてるのかわからない所も怖い。……でも…」

そこまで言って、穂海ちゃんは俯いて口を閉ざしてしまう。

「……でも?」

「…でも………………一番、怖いのは……病気が治っちゃうこと……。」

「えっ」

「……だってさ、病気治っちゃったら、家、帰らなきゃいけないでしょ?…………いやだなあ。家、帰ったら………………また、…痛いこと……されちゃう………」

その声は、震えていて、今にも泣き出しそうだ。

「お母さんも、男の人も……きっと、怒ってる…………………今、家に帰ったら………なに、されるのかな…今度こそ、死んじゃったりしてね……ハハッ………………」

穂海ちゃんは、一言一言言葉を口にする度に、目に涙をため、体を強ばらせた。

……その姿が、あまりにも痛々しすぎて…………俺は、耐えられなかった。

耐えられず、穂海ちゃんを抱きしめた。

小さくて、やせ細った身体。

「大丈夫、大丈夫。絶対にそんな目に合わせない。もう、理不尽な痛みは経験させない。大丈夫、大丈夫だから。」

「でもっ、病気治ったら、帰らなくちゃ……!!」

「…家に帰って、穂海ちゃんが痛い思い、辛い思いするなら、ずっとここに居て。こんなこと、勝手に言ってるけど、でも穂海ちゃんに痛い思いして欲しくないのは、みんな同じだから。大丈夫。俺らが穂海ちゃんを守るよ。」

「………………っ」

そう言うと、穂海ちゃんは目にためていた大粒の涙をポロポロとこぼし始めた。

「大丈夫、大丈夫。」

俺は、穂海ちゃんの背中を撫でながらずっとそう、言い続けた。
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