私が恋を知る頃に
しばらくすると、寝息が聞こえてきたので、俺はそっと病室を出て医局に向かった。

まだ朝早いのもあって、医局には当直の先生と、他の先生数名しかいなかった。

ソファで仮眠を取ってる先生もいるが、パソコンに向かってまだ何か作業をしている先生もいる。

俺は数名分のコーヒーを入れて、各デスクへ回った。

「お疲れ様です。」

「ありがと、あ、そうだ。ちょっと待って。」

そう言って、渡していくと、最後の先生に呼び止められた。

「君、楓摩についてる研修医君でしょ。名前は…えっと……」

「瀬川です。」

「あぁ、星翔の弟か。そっか、そっか。」

この先生も兄貴と仲いいのかな…確かこの先生は……

「俺、佐伯 陽向。楓摩と仲良いんだ。君の噂は聞かせてもらってて、ずっと話してみたかったんだ。そこ、座ってよ。」

「はい、ありがとうございます。」

近くのイスを勧められ、お言葉に甘えて座らせてもらう。

「あ、そういえば、呼び止めちゃったけど大丈夫だった?用事入ってない?」

「大丈夫です。この時間帯はまだ何も無いので。」

「そっか、ならよかった。じゃ、改めて、これからよろしくね。」

「はい、よろしくお願いします。」

初めて話す先生で、少し緊張したけど、なんか気さくな先生みたいだ。

「それでさ、気になってたんだけど、今、瀬川くんがもってる患者の女の子、大動脈弁逆流症なんだっけ?」

「あ、はい。そうなんです。…さっきも、発作起こしちゃって……」

「そっか、結構重い感じ?手術も考えてるの?」

「はい。できたら、二週間以内に…と清水先生と話しています。」

「なるほどねえ」

そう言って、佐伯先生は少し考えるような素振りをしてから

「ちょっと患部の写真みして」

と言った。

「はい、ちょっと待っててください」

駆け足で自分のデスクに戻り、この前のエコーやCT検査などの結果をコピーした紙を持っていく。

「ん、ありがとう。………んー、これ、執刀は楓摩?」

「…たぶん、そうなると思います。」

そう言うと、佐伯先生はさらに考え込むように真剣な表情になる。

「………ここは………………で、人工弁で…」

しばらくブツブツ言いながら考えていると思ったら、急にパッと顔を上げて

「このオペ、俺も混ぜて」

ニヤッと笑いながら佐伯先生はそう言った。
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