私が恋を知る頃に
しばらくして、清水先生は他の患者さんからの呼び出しがかかり、病室には俺と穂海ちゃんの二人きり。

ちょっと前から穂海ちゃんは、俺の白衣の裾をギュッと握りしめて、どこか遠くを見つめている。

虚ろげな瞳が、ふと開いたと思ったらポロポロと涙を流すばかり。

いたたまれなくて、声をかける。

「どうしたの?……怖いもの見える?」

…………コクン

少し間が空いてから、小さく頷く。

「何が見えるか言えるかな…?」

「…………ぃ…たい……なぐ、られる…………………い……や…………」

「痛いことされる夢を見ちゃったの?」

…………コクン

また、間が空いて小さく頷くのが見える。

「悪夢って嫌だよね…逃れたくても逃れられないのが辛い……起きてからもしばらく怖いよね」

頭を撫でてあげながらそう言うと、穂海ちゃんは俺の白衣の袖を掴む力をより強くした。

「……今度からさ、そういう夢見たらすぐに俺たちに教えて?ナースコール押すだけでもいいよ。そしたら、すぐ駆けつけるからね。何かあったらいくらでも言って?できるだけ、穂海ちゃんの力になれるように俺たちも頑張るからさ」

……コクン

「…………せ、んせ」

「ん?なあに?」

「あ、あのっ……………て…」

「手?」

「…………………………握っても、いいですか……?」

一生懸命そう言う穂海ちゃんの姿に、思わず綻びてしまう。

「もちろん、いいよ。俺でよければ、いくらでも握ってて」

そう言って手を握ってあげると、穂海ちゃんは照れたように少し顔を赤くした。

少しずつ、二人の間の差が縮まっているような気がした。
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