私が恋を知る頃に
コンコンッ

「穂海ちゃん、入ってもいい?」

「うん」

カラカラッと扉を引き、病室へ入る。

ここ数日、穂海ちゃんは小さいながらも返事をすぐにしてくれるようになり、俺が病室に入るのも拒むことがなくなっていた。

「急に来ちゃってごめんね、少しお話がしたくて」

「ううん、大丈夫…私も、暇だったから」

前よりスムーズに行くようになった会話に少し安心して、ベッドサイドのイスに腰掛ける。

「なら、良かった。話自体はすぐ終わるんだけどね、ちょっとお願いがあって……」

「…………お願い?」

「うん。…実はね、穂海ちゃんがここに運ばれて来た日何があったのか、警察の人が知りたくて、穂海ちゃんからお話を聞きたいんだって。」

そう言うやいなや、穂海ちゃんの顔から安堵の表情は消え失せ、不安の表情が広がっていく。

「……けいさつ…?」

「うん。……この前運ばれてきた時、穂海ちゃんの体には痣がいっぱいあった、栄養失調にもなっていたし、体中びしょ濡れで低体温にもなっていた。…その状況をみて、病院が通報しちゃったんだ。それで、話を聞きに来る。」

「………………ぃゃ」

「……怖い?」

そう言うと、穂海ちゃんは首を横に振る。

「……わ、私が…………警察に言ったことがバレたら…こ、こ、殺される………………」

穂海ちゃんの声は酷く震えていて、目には恐怖しか映っていない。

「……そっか、それで怖いのか。…でもね、それは大丈夫だよ。穂海ちゃんが証言してくれたら、穂海ちゃんに酷いことをした人は警察に捕まるし、穂海ちゃんは病院にいれば、病院は安全な場所だから大丈夫。それは、心配しないで。」

そう言って、背中をさする。

しかし、穂海ちゃんの不安の表情は消えない。

「でもっ、でも……万が一見つかっちゃったら?今度こそ殺される…、それに…………私は殺されてもいいけどお母さんは??きっと、次はお母さんがやられる!!捕まっても、いつか出てきた時、あの男はきっと私たちを殺しにくる…!!嫌だっ、嫌だ嫌だ嫌だ嫌だっっっ!!」

目を強く瞑り耳を塞いだ穂海ちゃんは、だんだんと呼吸が荒くなり過呼吸になりかけていく。

「穂海ちゃんっ、落ち着いて。大丈夫だから、ね?1回、落ち着いて呼吸しよう?」

「ヒックヒック…ハァ……ヒックヒック…、い、やあっヒック」

「穂海ちゃん、落ち着いて。ゆっくり息を吐いて。大丈夫だから、落ち着いて。」

背中を擦りながら呼吸を促し、時間をかけてなんとか呼吸を落ち着かせる。

でも、穂海ちゃんの顔は涙でぐしょぐしょで、疲れ果てた体はベッドに預けぐったりとした様子だ。

「ごめんね、急な話でびっくりしたね。…息、苦しくない?」

………………コクン

穂海ちゃんの窓の外に向けた目は虚ろで、体はまだ少し震えている。

「この前、俺が穂海ちゃんを守るって言ったの覚えてる?」

…………コクン

「俺、不器用だから、まだ上手くいかないこともいっぱいあるかもしれない。…こうやって、穂海ちゃんを泣かせちゃうかもしれない。……でもね、穂海ちゃんを守るってことだけは絶対にやり遂げるから。穂海ちゃんを傷つけないし、誰からも穂海ちゃんを傷つけさせないって誓う。こんな俺だから、頼りないかもしれないけど、少しだけ信じてみてくれないかな?穂海ちゃんは殺させないし、穂海ちゃんのお母さんも殺させない。もしも、何かあったら俺がどんな手を使ってでも守るから。」

そう言うと、ふと虚ろげな瞳がこちらを向いて目が合う。

ポロリ

涙が一粒零れ、それに続くように後から後から涙が穂海ちゃんの両目から溢れてくる。

「……信じて、くれる?」

………コクン

いつの間にか、俺は穂海ちゃんを抱きしめていた。

いつか涙も見えなくなるくらい笑顔にさせてみせるから。

不器用だから時間がかかるかもしれない。

でも、絶対約束は守るから。

もう少し、俺を信じて待っててくれないか。

後悔はさせないから。
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