私が恋を知る頃に
「お疲れ様です」

医局に入り自分のデスクまで向かうと、途中で清水先生に呼び止められた。

「お疲れ。穂海ちゃん、様子どう?……話、できた?」

清水先生もやっぱり穂海ちゃんを気にかけてくれているらしく、こうやって頻繁に様子を聞いてくれる。

「…はい。一応出来たんですが……」

「難しそう?」

さっきの穂海ちゃんの表情が浮かび、少し気が凹む。

「……はい。自分が思っていたより、穂海ちゃんは、暴力を振るってた男に怯えているみたいで、『警察に話したら殺される』って……怯えて泣いちゃって…」

清水先生もそれを聞いて、表情が曇る。

「……そっか…。………………一度、殺されかけた経験があるからこそ、『次こそは…』って思っちゃうのかもね。……辛いな」

「…はい。やっぱり、まだ日が経ってないのもあって、より怖いんでしょうね……。怖い思い出、嫌な思い出……全部消してあげられたらいいのに…」

「俺もいつもそう思ってた。朱鳥もそれで苦しんでたから。………………あぁ、そっか…!!」

そう言って、清水先生は急に顔を上げる。

「そうだ、朱鳥だ。朱鳥に穂海ちゃんの話してもらえないか頼んでみよう。きっと、同じ体験をしたことがある人にしかわからない辛さとか苦しさとかあるだろうから、穂海ちゃんも話聞いてもらったら少し楽になるんじゃないかな。」

そうか、その手があった。

根本的な恐怖心は取り除けなくても、少しは気持ちを楽にさせてあげられるかもしれない。

「今日家帰ったら頼んでみるね。きっと、朱鳥も喜んで引き受けてくれると思う。」

そう言った先生の顔は嬉しそうで、俺も希望が見えてきたことで嬉しくなる。

思わず、顔が綻んだ。
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