私が恋を知る頃に
「陽向、連れてきた」

柚月を迎えに行く前に予め、空き部屋で陽向に診察の用意をしてもらった。

さすがに、この時期は子どもの免疫力が弱いこともあって、小児科の診察室はどこもいっぱいで、仕方なく隣の処置室で診てもらうことにした。

「あらら、顔真っ赤。随分辛そうだね…」

「うん。何回も吐いてるみたいで、多分脱水もあるから尚更辛いと思う。…柚月、病院着いたよ。診察するから、ちょっとだけ椅子座れる?」

コクン

そう頷いた柚月を椅子へ座らせて、もたれかかれるように柚月の後ろに立って手を握った。

「じゃあ診察するよ。まずは、胸の音聞かせてね」

テキパキと診察は終わり、残すはインフルエンザの検査だけ。

「柚月くん、今インフルエンザ流行ってるでしょ?だから、今からインフルエンザの検査するね。」

何をされるのかわかってない柚月は、不安げに俺の顔を見る。

「大丈夫だよ。すぐ終わるからね。」

そう頭を撫でてやると、キュッと手を握られた。

「この細い綿棒を鼻に入れて検査するね。一瞬だけ苦しいかもしれないけど、ちょっと我慢してな。」

俺は、柚月の顔が動かないように、柚月の頭を撫でてから顔を固定する。

「じゃあ入れるよ~」

鼻の奥に綿棒が入っていくと柚月は「んんっ」と小さく声を漏らして眉をひそめる。

「ごめんな、もう少しの辛抱な。」

すぐに綿棒は抜かれたけど、熱があって辛い時に痛いことまでされたからか、柚月は検査が終わるや否や、俺に抱きつき小さい声で泣き始めてしまった。

「グスッ…………パパ…ヒック……」

「よしよし、ごめんね痛かったね。もう大丈夫だよ。ゆづは頑張り屋さんでいい子だね。頑張ったね。」

そう言って、背中をさすってやると、柚月はグリグリと俺の服に顔を埋める。

「楓摩、結果陽性だわ。脱水も酷そうだし、点滴してく?」

点滴と聞いた途端、柚月はピクッと身体を震わせ潤んだ瞳で俺を見る。

「………………ちゅうしゃ?」

こんなに辛そうにしている可愛い我が子に、痛い思いなんてさせたくないけど…………

脱水症状が出てるなら、放っておけない。

きっと、何度も吐いたってことは、これからまた戻すかもしれないし、水分を口から摂取するのも難しそうだ。

ここは心を鬼にしなければ…

「ごめんね、少し痛いかもしれない…。でも、これしないと、柚月がこれからまたさらに辛くなっちゃうからさ…」

そう言うと、柚月の目に溜まっていた涙の量がさらに増えて、溢れたものが頬を伝う。

「…いたいの………やぁ……」

「ごめんね。もう少しだけ!あとちょっとだけ我慢して!点滴打ったら、少しは体も楽になるからさ。」

そう言って、背中をさすったり頭を撫でたりして宥めるも、柚月はなかなか泣き止んでくれなかった。

大きな声ではなく、小さな声でずっとシクシクと泣いている……

それを見兼ねたのか、陽向は点滴を取りに行った。

「よしよし、辛いね。ごめんね。」

そんな言葉をかけ続けていると、陽向が戻ってきた。

「柚月くん、点滴打とうな。痛いの一瞬だから大丈夫だよ。あと、もうちょっとだけ!頑張ろうな。」

俺に抱きついたままの柚月を意を決して、陽向の方に向かせ、左腕を出す。

「やっ!!やあぁぁ…」

泣き声も弱々しくて、俺の胸がツキンと痛む。

「大丈夫、大丈夫。柚月なら頑張れるよ。すぐ終わるから。大丈夫。」

そう頭を撫でるも、さらに泣かれるばかり。

「ごめんね、じゃあちょっとだけチクッとするよ~」

針が刺され、手早く固定される。

柚月は、よっぽど嫌だったのか、さらに涙が増し、呼吸も過呼吸気味だ。

「柚月、柚月、終わったよ。もう大丈夫だよ。息、苦しいしょ?パパと一緒にゆっくり息してみて。」

数分すると、過呼吸もだいぶおさまって、柚月は泣き疲れたのか、ウトウトとし始めた。

「楓摩、柚月くんどうするの?小児科、今は満床だから寝かせておいてあげられないよ…、ましてやインフルだし。」

未だ苦しそうな顔の小さな柚月をみる。

こんなに辛そうで、さらに嫌な点滴までされて、独りにさせてはおけない。

「インフルの子の隔離室あったしょ?俺も柚月の傍についてやってあげたいから、そこでPC持ち込んで仕事するわ。何かあったら呼んで。」

「りょーかい。……早く良くなるといいな」

「…ほんとに。」
< 68 / 282 >

この作品をシェア

pagetop