私が恋を知る頃に
たまたまその日家に来ていた、当時のお母さんの彼氏が電話を取った。

話している間は何ともなかった、でも終わったあとが地獄だった。

電話を切るなり、男は大激怒。

『この恥さらしが』

と、怒鳴られ躾の名目でいつもより沢山の暴力を振るわれ、何本か骨が折れた感じがした。

それだけなら、まだよかった。

私がその時「だって…」と口を滑らせたのがきっかけで、さらに男を炎上させてしまい、やかんに入った熱湯を背中に浴びさせられた。

「熱い」「痛い」と泣きわめく私に、男は口にガムテープを貼り、手を後ろに縛った状態で猛吹雪のベランダに投げ出した。

私はこの時、初めて死を覚悟した。

『こんなことなら、嫌味を我慢してずっと出さなきゃよかった』とか『あの時口を滑らせなければよかった』とか、出来もしない後悔ばかりが頭をよぎって涙が出た。

涙すらも凍るような寒さだった、背中の痛みがましだと思うほど、体全身が寒さのせいで痛かった。

カーテンを閉められた家の中では、お母さんと男の喋り声とテレビの音が聞こえる。

きっと、今なら動いた足でどうにか逃げ出してたと思う。

けど、小学校3年生の体では、骨が折れた痛み、火傷の痛み、寒さの痛みに耐えて走ることは出来なかった。

少しでも暖を取ろうと、暖房がたかれている室内に1番近いガラス戸にくっついて、聞こえてくる楽しげな声に涙を流した。
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