紺碧の絆
 いつからだろう。
 私が何気ない日常に疑問を抱き始めたのは。
 いつからだろう。
 私がこの国を大嫌いになったのは。

 ううん、知ってる。
 問わなくたってわかってる。
 けれど、問わずにはいられない。

 こんな現実を受け入れたふりをするのにはもう、疲れた⋯⋯。

「ちょっと、リィン!また森にいくの?」

「ええ」

 簡素な返事をすると幼馴染みのキラを押しのけて歩き出す私。

「いい加減子供じゃないんだからやめなよ」

「そうだよ、リィン」

「⋯⋯こうやって秘密基地に集まって昔みたいに遊ぼうって言い出したのはどこの誰?そっちの方がよっぽど子供らしいけど」

 そう、私が正論をいうと黙り込む幼馴染みのユシル。

 ちなみにいうと、ここは幼馴染み五人の秘密基地で、長らく使われてはいなかった。が、突然ユシルが「大事な話がある」などといって呼び出したのだ。
 いまさら幼なじみ達と馴れ合うつもりはなかったけど、「大事な話」というから来てみた。

 そしたら「昔みたく遊ぼう」と言い出す始末。
 私にはそんな暇などないというのに。

「ちょっと、ケンカはやめよう。ね?」

 そういうのはナナミ。
 心配そうな顔でにらみ合う私とユシルの間に割り込む。

「そう、そう。それに、森に行くならみんなで行ったほうがよくね?」

 苦笑いでそう切り出すのはトウヤ。

「⋯⋯⋯⋯。じゃあ」

 四人の引き止める声、全てを無視してボロ布をくぐって秘密基地を出る。

 四人からしたら私は本当に非情な女だろう。

 でも私からすると幼馴染み四人の方が本当に、本当に⋯⋯非情に見えた。

 それは、あることが起こったから⋯⋯。





 あることが起こったのは六年前。
 私が十歳の時のこと。

 いつものように楽しく幼馴染み五人で遊んでいた時のことだった。

「なあ、森に行かない?」

 ユシルがそう切り出す。

 ユシルは白い肌に翡翠の瞳と金髪をもった国でも指折りの美少年で、家柄もよく屋敷から抜け出してはこうして私達と遊んでいた。

 家柄がよくても着飾らないその姿勢がとても好印象で私達ともすぐに仲良くなった。
 優しく、礼儀正しく、美しく、真面目で、リーダー性があって⋯⋯。
 絵本の中に出てくる王子様のようなユシルにキラやナナミ、彼に出会った女の子はみんな惹かれていたように思う。
 かくいう私もその一人で、当時は彼に好意を持っていた。

「えぇ〜。でも、森って、危険⋯⋯なんじゃないかなぁ?⋯⋯」

 不安そうにそういってシルバー色の髪の毛をくるくると指に巻き付けるのはナナミ。

 女子三人の中で一番女子力がある、ザ・女の子。
 シルバー色の巻き髪はいつも綺麗にカールしているし、サイドの髪を結んでいるリボンはいつも色違いでお洒落だ。

 空色の大きな瞳はいつも不安げに揺れているけれど、そんなところも可愛らしく、女の子らしさを感じさせる。
 気弱で消極的なほうだが芯は強いく心根が優しい、みんなのお母さん的な役割を担っていた。

「まあ、大丈夫じゃない?うちら五人いればなーんも怖くないっしょ!」

 そう言って胸を張って得意気に微笑むキラ。

 茶髪のボブに焦げ茶の瞳。
 ナナミとは対照的にいつも短パンを履いている、動くことが大好きな女の子。
 五人の中で一番小さかったが、それをカバーするような快活さと運動神経でみんなについてきていた。

「えっ⋯⋯。で、でも、ナナミの言う通りなんじゃ⋯⋯」

「トウヤ、うっさい」

「う、うっさい!?」

 甲高い声でキラに聞き返すのはトウヤ。

 いじられ役が定着している、どこか可哀想な少年。
 薄茶のサラサラした髪とアイスブルーの瞳。
 見た目こそ美しいが、中身が中身なので"残念系イケメン"といったところだ。

「うっ⋯⋯」

「うわっ。トウヤがまた泣き出したー!泣き虫トウヤ!」

 キラの声が響くとトウヤは余計に声をあげて泣く。
 ユシルは呆れた表情でため息をつき、ナナミは心配そうにトウヤに駆け寄る。
トウヤを泣かせた張本人でありながら全く責任を感じた様子もなくぴょんぴょんとその場ではねているキラ。声を上げてわんわんと泣き続けるトウヤ。

 この若干のカオスな状況で油滑剤となるのは⋯⋯。

「ほら、トウヤ、泣かないで!森にはトウヤが好きな綺麗なお花がたくさんあるよ!それに五人でいったら絶対楽しいし!みんな、いこ!」

 満面の笑みでそういう⋯⋯

 私だった。

 そう、あることが起こるまで私は明るくて元気ないつも笑顔の少女だったのだ⋯⋯。

 ユシルは「これだからリィンは⋯⋯」といって笑い、ナナミは微笑み、キラは「よっしゃー!」とガッツポーズをする。先程まで泣いていたトウヤも赤く充血した目をこすりながら微笑んでいる。

「じゃ、出発しんこー!!」

 私がそういうとキラが「出発しんこーっ!!」と真似をしてノリノリで私の後ろをついてくる。
 その後ろについてくる、ユシルやナナミ、トウヤの姿を確認すると幼い私は森に向け先頭をきって歩き出した。



 "森"とはこのリオネス大王国の周囲を囲む鬱蒼とした暗い雰囲気の森のことで、リオネスに生まれた子なら誰もが一度は読む『リオネスの大冒険』で大体的に取り上げられているものでもある。

 その『リオネスの大冒険』の中では化け物が大量にでてくる、恐ろしい森として書かれていた。
 それに加え、「危険にして何人も侵入を禁ず」とも言われている。

 しかし、「侵入を禁ず」その一言は何事にも興味がわく幼い子供にとっては恐怖の対象というよりは興味の対象になっていた。

 だから、森に行くことになるのはやっぱり時間の問題だったのかもしれない。

「森⋯⋯ついたね」

 ナナミが不安げに揺れる鈴の音のような声でいう。

「だね、だね!なんか燃えてきた!!」

 私の横でぶんぶんと拳を突き出すキラ。

「じゃ、ここからは僕が先頭ね」

 そういってスイッと前に出てきたのはユシル。

「ちょっと、これから未知の冒険が始まるっていうのに、いいところだけ横取りする気?」

 ムスッとしてそういう私にクスリと笑い、

「違うよ。ここから先はなにが起こるかわからないし危険でしょ。そんなところで女の子に先頭きらせられないじゃない」
というユシル。

「なっ⋯⋯」

 慣れない女の子扱いに赤くなっているうちに前を歩き出すユシル。

「あっ、待ってよ、ユシル〜」

 そういって駆け出すキラにナナミも続く。

「ほら、リィンいかないと」

 トウヤにそういわれて

「う、うん⋯⋯」
とぎこちなく返事をし、トウヤの隣で歩き出す。

 前方を見やれば、先頭を歩くユシルとその隣で微笑みかけるナナミ。
 なんだか胸がざわついて、いてもたってもいられずに駆け出す。

「ちょっ、リィンおいてかないでえぇぇぇぇぇ」

 そんなトウヤの声が森に響いた⋯⋯。




「随分奥まで来たけど⋯⋯」

「なんか、ループしてる⋯⋯ね」

「だよね」

 そういって頷きあうユシルとナナミ。

「そうかぁ?⋯⋯」

「キラ、全然わかんない」

「私もループしてる感じしないけど」

 ユシルとナナミの子供を見るような優しい目にムッとする。
 確かに二人のほうが大人だし頭いいけど。
 だからって二人だけでひそひそ作戦たてなくったって⋯⋯。

「戻るよ」

「えっ?」

 唐突なユシルの言葉に耳を疑う。

「ここまで来たのに?」

「ごめんね、リィン。でも、やっぱりこの森おかしいのよ」

 「は?なによ、それ」そう反論しようとした時⋯⋯。

「よくわかったねぇ、お嬢ちゃん」

 バンッ

 そんな声とともに銃声が響いて、ナナミに向かって真っ直ぐに弾が飛んでくる。それを見て、とっさにナナミを庇う私。

「っつ⋯⋯⋯⋯」

 腕から流れ落ちる生あたたかいものをおさえながら地面に倒れ込み激痛に耐える。

「リィン!!」

 ナナミ、泣いてる⋯⋯。
 いつも以上に不安がってる⋯⋯。
 私のことなんて放って逃げて、こう言いたいけど言葉がでない⋯⋯。

 なんで⋯⋯。
 なんで私達こんなところで⋯⋯。

「おい、お前何やってやがる」

 さっきの男の声とはまた違う男の声

「た、隊長!実はこのガキ共が、魔域《ゲート》に勘づきそうだったんで⋯⋯」

 ガッ
 人が人を殴る、嫌な音。

「お前はこんな子供《ガキ》打ってバカか!こういう子供《ガキ》が魔域《ゲート》に近づいちまった時の為にこれがあるんだろうが」

「は、はい!そうでした」

 そんな話し声がした後、倒れ込んでいる私のところに男が近づいてきて何かを鼻のあたりに近づけた。
 甘ったるい匂いがして頭がボーッとしてきて、気づけば気を失っていた⋯⋯。






「んっ、んん⋯⋯。ここは⋯⋯」

「あ、リィン、起きたよ!」

 明るいキラの声に心が安らぐのを感じながら瞳を開いていく。

「リィン、大丈夫?」

 心配そうにそういうのはナナミ。
 よかった。ナナミも無事⋯⋯。

「おおー!俺の特製おかゆのおかげかな」

 そういって二カッと笑った直後キラから無差別的な暴力をうけ視界から消え去るトウヤ。
 そして⋯⋯。

「リィン、心配したよ」

 ユシルの美しい顔が近くにきてそっぽを向く。

 やはり、まだ腕は痛む。が、包帯を巻かれていてある程度痛みも軽減されていた。

「ところで、あいつらは何だったの?っていうか、みんなもあの香りで眠っちゃったの?」

 そうたずねるとみんなポカンとした顔になる。
 何かおかしいことでも言っただろうか。いや、いっていない。至って真面目な質問だ。

「何いってるの?リィン」

 不思議そうにそういうキラ。

「キラ、リィンはずっと眠っててそういう夢を見てただけなんじゃない」

 キラをいなすようにそういうナナミ。

「リィン、もう少し寝てたほうがいいかもしれないよ」

 ユシルのその言葉がトドメだった。

「みんなこそ一体何を言ってるの?あっ、これ、ドッキリとか、そういう類の?⋯⋯」

 半泣きでそういうも誰も答えてくれない。
 いきなり、大好きなよく見知っている幼なじみが全く知らない他人に見えてすごく⋯⋯すごく怖くて⋯⋯。

「ほら、みんなで森に行ったじゃない」

「リィン、森は立ち入り禁止よ」

 やめてよ。
 こんなところで母さん面しないで。

「そうだよ、リィン。『リオネスの大冒険 』でも化け物が沢山でてくるしすっごく怖い場所って言われてるじゃん」

 なんで?私がおかしいの?
 私の記憶ではほんの数時間前までみんな行く気満々で楽しそうにしてたのに⋯⋯

「で、変な男にナナミが打たれそうになって、それを私がかばって⋯⋯」

 そういって痛む腕に目をやる。

「リィン、その腕の怪我は猟師さんが誤って放った弾があたってできた怪我だよ。」

 やめてよ⋯⋯。
 好きな人の哀れむ目なんて見たくないのに。

「リィン、大丈夫?」

 何気ないトウヤのその一言が一番効いたかもしれない。
 大丈夫?大丈夫にきまってるじゃない。
 あなた達の方こそ大丈夫?そういいたい。
 けど⋯⋯

 なんだか自分の方が間違っている気がしてきて⋯⋯。頭の中がぐちゃぐちゃで訳がわからなかった。

 それから、なんとなく四人とは遊ばなくなった。
 そして私は、その日の真実が知りたくて何度も森に足を運ぶようになった。

 まだ森に入った回数が浅かった頃は私の話を毛頭から信じようとしない四人を逆恨みしたりもした。

 けど⋯⋯。
 六年経って⋯⋯。
 何回も森に不法侵入して⋯⋯。
 気づいたんだ。
 この国は異常で、私達はその"異常"の端っこに触れただけなんだって。
 でも、それでも⋯⋯。

 また、同じくなるのなんて嫌だからこの人達とは、もうーー。

「まって、リィン」
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