【短】センパイ、センパイ、センパイ。
グサリ、と一度刺さってしまえば、もう抜けないような。
痛くて優しい、ガラスの歌声。
気づけば立ち止まっていた。
「洒落たロマンチカになれないけど、下手くそでも赤くなろうぜ」
荒削りだけど、綺麗で。
雨粒よりも、青空よりも、澄み渡ってる。
なのにどこか切なくて、苦しい。
もう一度ステージの方へ振り返る。
そこには、バンドメンバーのひとりが、一度ギターを室内に置いて、身一つで戻ってきていた。
マイクもない。演奏もない。
ましてや雨も降ってる。
それでも、鮮明に聴こえたんだ。
彼の不器用な歌が。
雨音を邪魔にすら思わなかった。
雨に打たれてることも忘れて、彼に見入っていた。
目に、耳に、心に。
彼の全てを焼き付けておきたくて。
即席のステージは、見るからに低予算で物寂しいのに、なぜ。
なぜだろう。
雨のせいだろうか。
キラキラしてる。
ひどく眩くて、火照りそう。
言葉を超えて、彼の熱が心臓の奥に伝わってくる。
「和香【ワカ】!濡れちゃうよ!」
同じく魅了されてた友達が、ハッと我に返り、声をかけた。
返事はしなかった。
できなかった。
今の私には、あの歌でいっぱいで。
……ううん。
歌だけじゃない。
彼自身にも、焦がれてる。
こんな曇天模様でも、彼の周りだけ光が差していた。
まるで、朝焼けのトワイライトブルー。
頬にこぼれるひと粒の雫が、少し温かい。
びしょ濡れになりすぎて、泣いてるかどうかもわからなかった。
ただただ彼のステージを見つめていた。
一瞬目が合った気がしたけれど、確かめなかった。
勘違い、しておきたかった。