【短】センパイ、センパイ、センパイ。
「あの日、初披露の『なりそこないロマンチカ』をたった一人で歌ってた。俺だけじゃ誰にも響かない、皆はもう雨に負けてるってわかってたけど、悔しくて歌わずにはいられなかった」
でも、と。
ゆっくり上がっていった視線は、私の心ごと鷲掴みにする。
「……でも、一人だけ、俺の歌を聴いてくれてる人がいた。真っ赤なカチューシャが、雨の中でも、ステージ上からでもはっきり見えて、よく覚えてる」
そ、それって……。
期待しちゃ、ダメなのに。
自惚れてしまう。
また、泣いてしまう。
「あの子は、キミだろ?」
「……っ」
あぁ、今度のその笑顔は、どこも歪んではないし、不格好でもない。
雨上がりの空を輝かせる、青みを帯びた晴れ間のようで、ひどく眩しい。
ちょうど瞳に涙がいっぱい溜まっていてよかった。
そうでなきゃ、直視なんて到底できない。
「キミだけはずっと俺の歌を聴いてくれてて、すごく嬉しかった。実はあの後、ステージ裏で泣いてたんだぜ?」
ははっと作り笑いをしながら、ダセーだろ、なんて言うからすぐに頭を振った。
ダサくない。
これっぽっちもダサくない!
「キミに、また会えたらいいなって、思ってたんだ。また、俺の歌を聴いてほしい、って」