【短】センパイ、センパイ、センパイ。
「ことはセンパイ……っ、好き、です……」
「うん、俺も好き。大好き」
静かに伸ばされた腕の中に、きゅっとおさまる。
背中に回された手のひらが上に移されて、頭を撫でられた。
ことはセンパイの温度。
あったかくて、心地いい。
「これからも、俺の歌を一番近くで聴いていてほしい」
耳元で囁く、その声音は。
耳の奥にすぅっと溶け込んだかと思えば、離れることはない。
夜明けの匂いを孕んだ、繊細で熱い、大好きな音。
「はい……!」
すぐに頷いて、たどたどしく抱きしめ返す。
慣れてなさすぎて、力の入れ具合や手の置き場がわからずに手探り状態でいたら、くすくす笑われてしまった。
は、恥ずかしい……!
……けど、いいの。
ことはセンパイの鼓動は、速く、大きく奏でていて。
私とおんなじなんだ、ってわかったから。
だから、今、すごく幸せ。
「改めまして、歌代【ウタシロ】ことはです」
「わ、私は、藤元和香です……!」
「これからよろしくな」
「はいっ、こ、こちらこそ!」
真っ赤に熟れた顔を覗きこまれ、余計に赤くなる。
ちらりと窺ってみれば、ことはセンパイの頬をうっすら赤らんでいた。
薄暗い外を染め上げる雨の色がぼんやり反射して、お互いの“赤”の中にほのかに浮かぶ。
あ。
この色は――。
「ことはセンパイ、」
下手くそでも赤くなれたなら、次はキミの色になりたい。
<END>