銀のナイフと薬を手にして
“今夜うちで蟹鍋でもしませんか?”
と中岡さんから誘われた。まだ肌寒い春の朝に、LINEメールで。
ベッドの中でしばし迷った。久々に出勤の無い土曜日。中岡さんか、と口の中で呟く。家に行ったことはまだない。
中岡さんは、半年前に知り合ったWEB制作会社のひとだ。年上で、美味しいものが好きで、何度か一緒に食事をしたことがある。ちょっと優柔不断そうだけど、優しい。
初対面の相手に仕事のことを訊かれると、
「いやいや、デザインじゃないから。僕はWEBの中のひとです」
と答えることも、もう分かっているくらいには親しくしている。
『蟹鍋なんて、どうしたんですか?』
と、ひとまず返してみたら、すぐに返事が来た。
『友達の実家が石川県の水産業者で、HPのメンテナンスをしてあげたら、そのお礼に。明日までに食べないと痛むから』
差し迫った誘いにちょっとだけ尻込みしつつも、思いきってお受けした。無理にでも気分を変えないと、ずっと部屋に籠ってしまいそうで。