銀のナイフと薬を手にして
大人になるって、この人を好きになるとは思わなかったっていう恋愛が始まることかもしれない。
なぜなら、中岡さんがまさにそういう相手だったからだ。
初めて会ったのは、うちの会社の開発部にエンジニアの彼がピンチヒッターとして呼ばれた日だった。

会議室のドアを開けると、中岡さんは窓際の席で頬杖をついてノートパソコンと睨めっこしていた。電話で話した時の感じが若かったので、創造よりも年上だな、と以外に思った。

彼は顔を上げてすっと笑った。
冷房は効いていたけれど、窓辺に近付くと暑かった。
中岡さんは壁際の椅子を指差して
「そっちの方が涼しいから。どうぞ座って」
と柔らかく言った。女性慣れしてそう、と思いながらも、お礼を言って腰掛ける。

中岡さんが紺色のシャツの袖をくしゃっと捲り上げると、あまり日焼けしてない腕が覗いた。長年使い込んだ肌や指の節の感じに、あ、大人の人だ、とあらためて感じた。
打ち合わせが終わる頃に、中岡さんがふとわたしのスマートホンを見て
「そのストラップいいな。シャンパングラス?」
と訊いたので、わたしは、ああ、とストラップを見せた。小さなシャンパングラスの形をしたチャームを揺らして
「行きつけのダイニングバーが先週ちょうど十周年で、記念に貰ったんです」
と答えた。
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