銀のナイフと薬を手にして
「へえ、お酒好きなの?」
「はい、中岡さんは」
「僕はそんなに飲めないけど、飲むのも食うのも好きだよ。一番好きなお酒ってなに?」
「えっと、ワインかな。でも日本酒でも大丈夫です」
と答えると、彼が楽しそうに
「いいね、もし白ワイン好きなら、美味しい店知ってるよ」
と言ったので、てっきり誘われたのだと思った。やっぱり軽い人かも、と警戒しかけたけれど
「白ワインなのに料理は和食なんだよ。それが美味しくて。秋には秋刀魚の炊き込みご飯が土鍋で出てきたり」
と熱弁されたので
「土鍋で秋刀魚の炊き込みご飯。美味しそうですね」
と思わず頷いた。
「あと定番だけど、いぶりがっことクリームチーズとか」
「あ、いいですね。齧りたい」
中岡さんは、齧りたいって反応は新しいなあ、と声をあげて笑った。
「お店のカードあげるから、友達でも誘って行ったらいいよ。土鍋ご飯は二名からしか予約出来ないから」
と教えられて、下心がないことを悟った。それで、かえってご一緒してみたくなった。嬉しそうに話すときの笑顔が明るかったから。

そう、本当に明るかったのだ。まるで降りかかるつらい出来事なんて、すいすいかわして生きてきたみたいに。


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