銀のナイフと薬を手にして
出勤途中に雨で濡れたストッキングがまだ乾いてないのに、社内は冷房が入っているものだから寒かった。６月の冷房はほとんど殺人的だと思う。

ロッカーから出した黄色い膝掛けを抱えて、デスクに向かう。
膝掛けを出したのは抗議のつもりだったけど、部署内で一番の暑がりの部長は快適そうに鼻歌なんて口ずさんでいる。
時折、席を立つついでに白いブラインドを捲ると、落ちていく水滴だけが見えた。ビルの中まで雨音は聞こえてこない。

混雑した食堂でカレーライスを食べ終えてトレーを片付けたら、中岡さんからLINEが届いた。
『定時で上がれるようなら、映画でも行きませんか？』
一瞬悩んでから、大丈夫、と決める。今は忙しい時期じゃないから、高速で仕事を終わらせればなんとかなるだろう。
春にしらすを食べに行った後も、何度かデートした。わたしからもどこかへ行こうと誘って、一度、休日に東京湾のクルーズ船に乗った。暖かい春風が気持ち良かった。髪が潮風でぱさぱさになった。
中岡さんの笑顔を見て、この人は海が似合うな、と思った。そして礼儀正しく駅まで送ってもらった。
六時までに仕事を終わらせて帰り支度をすると、まわりがびっくりしていた。


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